ゴンと高野山体験プロジェクト〜

パンセ通信No.115『欲望が萎える現状の可能性-世界に先んじる日本の状況』

Dec 17 - 2016

■2016.12.17パンセ通信No.115『欲望が萎える現状の可能性-世界に先んじる日本の状況』

皆 様 へ

1.動物とは根本的に異なる人間的な欲望
物質の世界は「原因・結果」の作用によって、自然科学の方程式を用いてその現象を説明できるのですが、生物の世界はそれとは異なり、はるかに多様で多義的です。単純な物理法則で、生命が織りなす現象を説明することは出来ません。それは生物が、何かを求め、また危険なものを避けて生きる「目的相関」的な存在だからです。どんなに原始的な生物でも、個体としての自分を養うエサや増殖のための生殖作用を求め、充足した時には心地良い満足感(快感)を覚えます。逆に自分の生命を脅かす危険がある時には、恐怖や苦痛や不安を感じて、そこから逃れたりそれを避けようとするのです。この生きようとする欲望を持つが故に、個々の生物がそれぞれ自分の欲望の充足を目的として、様々に自由な活動を行うために、生物世界の現象は非常に多様で、予測不可能な事象で満ち満ちてくることになるのです。

私たち人間も生物である以上、基本の原理は変わりありません。心地よいものを求め、不快なものを避けて生き、求めるものが満たされた時に満足感や幸福感を覚えます。しかし何を求め何を充足した時に私たちは幸福感を覚えるのでしょうか。その欲望の構造は、人間と他の生物や動物とでは根本的に異なります。その違いを明らかにした上で人間的な求めの本質を考え、変動する経済社会情勢に翻弄されることなく、最も原理的なところから私たちの生き方や社会のあり方について、パンセ通信では考えていってみたいと思います。加えてその人間的な本来のあり方を実現するために、どこからどう手をつけていけば良いのかについても検討していくことが出来ればと思います。次回のパンセの集いは、12月19日の月曜日18時から、渋谷区の本町ホームシアターを会場にして行います。なお12月26日(月)のパンセの集いは、クリスマス&年末企画を兼ねて、ホームシアターサークルの活動を行えればと思っております。課題映画はイギリスの名優ピーター・オトゥール主演の『チップス先生さようなら』を予定し、“人生とはこんなに素敵なものだったのだ”という思いを味わって、今年を締めくくる私たちのいのちの糧に出来ればと思っております。

2.政治への欲望が喚起される世界の情勢
(1)トランプ新大統領への熱狂
今世界は様々に混迷しているのですが、先進国の中で私たちの国日本だけが、少し異質な歩みを始めているように思われます。ご存知のとおり、アメリカでは共和党のトランプ候補が大統領に選出されました。トランプ氏が、アメリカの有権者のマジョリティーを担う白人中下層階級の抑圧された思いを代弁することで、国民の一定層からの熱烈な支持を得たからです。白人の中下層階級の人々は、経済的な面でも、自分たちの人生の可能性を発揮する機会の面でも、近年は恵まれず、むしろ状況はますます悪化するばかりで大きな不満を抱いていました。これらの人々は、もともと人種的な階層があったアメリカ社会の中で優位な地位にあったが故に、その不満は余計に大きなものとなって渦巻いていたのです。トランプ氏はその不満の原因を、1つは不法移民の流入や不公正な貿易、また企業の海外移転等のせい所為にし、それによって特に白人中低所得層の雇用が喪失されたと訴えたのです。そして不法移民の多いヒスパニックや輸入超過の日本や中国への差別感情を助長することで、人々の怒りの情念をか掻き立てたのです。もう1つは、従来からの政治的エリート層を、利権を貪って庶民にばかり不利益を押し付ける特権階層として敵に仕立て上げ、人々の憎悪をあお煽ったことです。差別や敵を仕立てて憎悪をあお煽る手法は、大きな問題をはら孕みますが、政治への熱狂をもってトランプ新大統領を支持し、期待する層を生み出したことは確かです。

(2)ヨーロッパ極右への熱狂と中ロの愛国主義
状況はヨーロッパ(EU)も同じです。低成長と大量の難民流入そしてテロの頻発によって、生活の安全と庶民の経済的基盤が脅かされているEU圏の社会で、主としてイスラムへの嫌悪と差別が高まり、難民排斥を訴える極右ポピュリズム政党が大きく躍進しています。この勢力はまた、EUのエリート官僚機構をも敵に仕立て、庶民の不利益と憎悪をあお煽って、EU離脱をもせんどう扇動しているのです。現在の不満を差別と憎悪に振り向けて自分たちへの支持とする手法は、トランプ新大統領と同じです。そしてアメリカ同様、熱烈に極右ポピュリズム政党を支持して、政治に関与する人々の層が存在しているのです。

ロシアと中国は政体が異なります。アメリカやヨーロッパでは、国民一人一人が自由に幸せになろうとして形成する一般意思(一人一人が幸福になり、それが合わさってみんなが幸福になるための共通意志)を実現するために、民主主義的なルールに基づいて政府が形成されます。しかしロシアや中国では、権力のはけん覇権とうそう闘争に勝利した者の勢力(当然軍事力の掌握を背景としています)が、政権を担います。現代はプーチンや習近平がそうした人物ですが、この強力な指導者の独裁体制のもとで、国家主導の資本主義を強力に推進し、強制力をもって国富と国民の福利を向上させていこうとしています。国民の自由は抑圧されますが、国家政策に反する勢力を排除するのですから、効率性は高まるメリットも考えられます。この国家政策を貫く手段として、一般に武力的強制力と愛国主義政策が用いられます。そしてこの政府の政策にうまく同調すれば、利権に預かるチャンスにも恵まれ、また強権によって保護される面も出てきます。愛国主義と利権と強権による保護。こうした政策的側面によって、やはり独裁体制を強力に支持する一定割合の層が生まれてくるのです。

3.安倍政権の欲望喚起政策の末路
(1)熱い世界と冷めた日本
それでは日本はどうでしょうか。アメリカでもヨーロッパでもロシアでも中国でも、差別や憎悪や愛国主義に基づくとはいえ、政治に熱烈に関与する一定層の人々を生み出しています。政治が人々の欲望を喚起して惹き付ける力を持っているのです。そしてそれをもと基にして、政権や正統は政治的影響力を行使しているのです。しかし日本では、安倍内閣が50%以上の支持率を保っているとはいえ、トランプ新大統領に対する白人中下層階級や、フランスの極右政党国民戦線やイタリアのポピュリズム政党五つ星運動のような、大衆からの熱烈な支持と動員力を有するような状況には至っていません。ましてやプーチン大統領への忠誠とロシアへの愛国のために、ウクライナやシリアで命を捧げて戦うような者など、この国で見出すのはなかなかに困難なことでしょう。

そもそも現代において市民国家が成り立つためには、国民に対する一定水準の生活の保障と欲望を喚起する政策ビジョンが不可欠です。現状の課題でいえば、国民が安心して消費支出を行えるだけの可処分所得の保障と、その可処分所得を用いて、皆が自分の可能性にチャレンジして幸せを得ていけるような、達成可能な目標の設定です。こうして人々の欲望が喚起される回路が開かれると、人々がその目標に向かって投資や消費支出を行い、経済(内需)が拡大循環すると共に、人々の欲望も拡大循環されて、社会が活気づいて安定度も増していくようになるのです。しかし安倍政権は、かろうじて経済界への賃上げ要請で庶民の可処分所得向上への意欲は見せているものの、国民の欲望を喚起し、大衆動員も可能なほどの熱烈な支持基盤つくろうとしているかというと、現状を見るとどうもそういう神経回路があるのかどうか疑問です。復古主義的で国家主権の憲法改正や、国体回帰には熱心ではあるようなのですが。またそうした政策に対する国際的な認知を得、またグローバル企業の市場確保のために、アメリカ追随の政策を行うことにも熱心ではあるようなのですが。残念ながら、こうした安倍政権の“熱心”は、国民の政治へのモチベーションを喚起するにはほど遠いようです。

(2)世界に先んじていた安倍政権
しかし振り返ってみると、安倍政権も、2012年の第二次安倍内閣の発足当時から、国民の欲望を喚起して政権の支持基盤とする政策を推進してこなかったわけではありません。北朝鮮の脅威を皮切りに、尖閣問題に端を発した中国とのあつれき軋轢から、中国を仮想敵国とする外交戦略を展開しました。国内的には、ネトウヨやヘイトスピーチを展開する極右勢力による、在日韓国・朝鮮人特権攻撃の差別運動を展開しました。相模原の障碍者施設での殺傷事件は、この延長で生じたと言っても過言では無いでしょう。また日本会議などの国粋主義勢力による、国体回帰の憲法改正を、大規模な国民運動として展開しようともしました。さらに経済面では、アベノミクスにより日本経済を成長軌道に戻して、自らの極右的政策に対する信認を得ようとしたのです。そのために官邸主導の政権運営を行い、自民党内の反対勢力を封じ込め、国会を軽視し、またマスコミを牛耳って“中立”と称して政権よりの宣伝報道を行って、世論の支持を得る戦略を展開してきたのです。

いわばアメリカやヨーロッパで、トランプ新大統領や極右勢力が行いつつある、あるいはこれから行おうとする、差別と憎悪による国民の欲望喚起の戦力を、すでに数年前から展開してきていたのです。その結果は、一言で言えば“うまくいかなかった”ということでしょう。中国の敵視政策は、日本人の頭の中に観念としては浸透し、確かに80%以上の国民が中国を好んではいないという世論調査の結果が出ています。しかしすでに経済的にも人的交流の面でも、中国との関わりは不可欠で、大多数の国民は、現実生活面においては特に何の嫌悪も感じないという使い分けを行っています。その状況は、中国の国民も同じでしょう。さらに東南アジアやオセアニアの国々に至っては、大国中国との関係は不可分で、頭の中の観念でも中国を嫌ってはいません。ましてやアメリカにとっては、中国はグローバル企業が進出して大きな利益を稼ぎ出す、最も重要なマーケットです。安倍政権が目論んだ“中国包囲網作戦”は、現代の状勢においては、始めから机上の空論でしか無かったのです。国内のマイノリティーに対する差別政策も、大きな影響力を得るには至っていません。これも当然で、アメリカの不法移民やヨーロッパの難民、そしてイスラム過激派テロのような、社会の大きな脅威となるような集団が、日本には存在していないからです。むしろバブル崩壊後の20数年、(一部を除いて)日本の国民の全階層の生活が、同様にじわじわと悪化してきているのです。憲法改正の国民運動についても、表面的な賛否は分かれるとしても、今さら家族主義、国家主義に立ち返れと言われたところで、文化の問題は一朝一夕で変えられるものではなく、熱狂をもって運動に参加しようとする者は限られています。

そして肝心の経済の面でも、アベノミクスが成果を上げていないことは疑いようのない事実です。黒田日銀総裁による金融異次元緩和は、ついに2%というインフレ目標を達成できず、デフレ脱却を果たせていません。マイナス金利まで導入したのですが経済は反応せず、もはや打つ手が尽きたようです。これも当然で、金融政策だけで経済が動くものではないからです。機動的な財政出動も、実はこれまでに散々に行ってきて、その結果今の膨大な財政赤字を生み出してきました。しかも東北大震災や熊本地震などの災害復興で、それなりの財政支出を行ってきたのですが、経済のマイナス成長を防ぐことがせいぜいだったようです。そして一番残念なのは、成長戦略の成果です。結局安倍政権は、既得権益を打破して大胆な規制緩和を行うことに着手せず、新たな市場と産業を生み出し、国民の経済的意欲を掻き立てる道を閉ざしてしまいました。これではアベノミクスによって、経済成長を果たし得ようはずはありません。

4.日本で明らかとなった欲望の本質化
(1)欲望が消耗する日本の現状
そして今、私たちの国で何が起こっているのでしょうか。国会では与党と野党の議論が全く嚙み合わないまま、TPP承認法案、年金法改正案、IR(カジノ)法案等が成立していきます。議会で多数を占める与党が、しゅくしゅく粛々と形式的な手続きを経て法案を通していくのは良いのですが、アメリカでもヨーロッパでも今後大きな変化が予想され、各国が自国の利益を確保するためにあらゆる手立てを尽くそうとしている時に、私たちの国はいったいどこに向かおうとしているのでしょうか。いつ限界が来るか分からない膨大な財政赤字はどうするのか、世界の経済がブロック化していこうとする中で、エネルギーと食料の安全保障にどう対処していくのか。現在進められている政策は、原発依存も農協改革の先送りも、そしてアベノミクスの継続も、これまでの方針をとうしゅう踏襲するものにしか過ぎません。それに加えて東京オリンピックの施設誘致等で見られたのは、相変わらずの利権構造であり、また築地市場の豊洲移転問題でも明らかになったのは、いつまでも改まらないごまかしと無責任の行政構造です。

これでは国民のモチベーションは、萎えるばかりになってしまいます。もはや庶民はしらけきって、仮に自民党案で憲法が改正されようとも、もはや何の反応も示さずに無関心で、またお隣の韓国で朴大統領が弾劾に追い込まれたような、一部の人間による国富を私物化する特権が明らかになったとしても、大きな怒りも示さない状況に陥っているかのようです。他の先進国が、差別と憎悪を糧にするとはいえ、曲りなりにも政治に対して、欲望が喚起されている状況が生じているのと対照的です。

(2)実は世界に先んじていた日本
しかしここで冷静によく考えてみると、日本だけが異質でどうしようもないと言うのではなく、実は日本の社会情勢は、先進国の中でも最も先を行った状況にあるのかもしれないということです。経済成長の停滞とデフレは、すでにバブル崩壊後の1992年頃から日本では始まっています。金融危機も1997年に経験し、苦労してそのあとしょり後処理を行いました。ところが日本では20年以上に亘ってじわじわ経験した低成長とデフレを、ヨーロッパでは2009年のユーロ危機以来、急激に低成長とデフレに見舞われることになったのです。金融危機は、未だ抜本的にそのあとしょり後処理がなされていません。また日本では、新自由主義的政策による労働組合の無力化と国民の所得の停滞もしくは低下は、2001年の小泉政権以降すでに顕著になっています。そしてリベラルな政権運営を行う政党については、アメリカでは来年トランプ新大統領が誕生して民主党が政権の座を取って換わられ、ヨーロッパでも極右ポピュリズム政党の躍進により、社会民主主義政権が風前の灯の状況にあります。しかし日本では、安倍政権を極右政権と捉えると、すでに2012年の民主党からの政権交代の時点で、その事態が生じているのです。 

今後トランプ政権は、自身の熱烈な支持基盤である白人中低所得層の雇用確保を念頭に、景気を浮揚させるて強いアメリカを再興するために、減税と財政出動による公共投資、そして軍事支出を拡大させることを表明しています。ヨーロッパのポピュリズム政党も、同じような人気取り政策を推進することでしょう。しかし減税と大規模な財政出動も、すでに日本がこの20年にわた亘って行ってきた政策です。その結果として景気浮揚を果たせぬままに残ったのが、膨大な財政赤字だったのです。このように国情に応じて多少ニュアンスの差はありますが、世界が日本の通ってきた道を後追いしているかのようです。お隣の韓国については、パク朴ク槿ネ恵大統領の弾劾で国民の怒りと民主主義が燃えているように見えますが、同じような事態も、すでに今年日本で起こっています。舛添都知事への非難の集中と辞任です。よくよく考えてみると、朴大統領がいったいどのような違法行為を行ったのかと首をひね捻りますが、韓国国民の怒りはそんなことが問題ではなく、埋め難く格差が拡大する中にあっての特権構造への怒りです。日本人の怒りも、庶民とかけ離れた舛添元都知事の特権体質への憤りでした。

(3)欲望喪失の可能性
こうした様々な事象を、世界に先駆けて真っ先に経験した上で至ったのが、現在の日本における国民の欲望の喪失状態です。もはや今後海外で生じる様々な事態にも、日本でと採られる政策にも、先が見えていて何の期待も持てず、国民はしらけてしまうかのようです。しかし実はこれは、けっして悪いことではないのです。もはや本当に自分を生かせて、国全体も世界も良くなっていく展望が見えないと、国民の欲望が喚起されない事態にまで至っていると言えるのです。欲望が本質化したとでも言いましょうか。

それでは本当に心が湧きたって、私たちが求めて止まない欲望の対象とはいったいどういうものなのでしょうか。それを考える今一番の適切なポジションにいるのが、これまで説明してきたとおり世界の最前線を走る私たち日本人なのです。その問いを、人間的な欲望の本質から考えていってみて、私たちがわくわく期待感を抱いて進めるようになる道を検討していってみたいと思います。次回のパンセの集いは、12月19日月曜日の18時からで、渋谷区本町のホームシアターで行います。お時間許す方はご参加下さい。