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パンセ通信No.110『トランプ大統領誕生の背景と今後の展開』

Nov 12 - 2016

■2016.11.12パンセ通信No.110『トランプ大統領誕生の背景と今後の展開』

皆 様 へ

1.私たちが直面している“現状”
(1)予想外のトランプ大統領の誕生
アメリカでドナルド・トランプ大統領が誕生しました。なんだかんだ言っても、結局はヒラリー・クリントンが大統領選に勝利するだろうと思っていたのですが、見事にその予想がくつがえ覆されました。6月に行われたイギリスのEU離脱をめぐる国民投票の時も、同じように、結局は残留になるだろうと予想していましたがはず外れました。今いったい世界で何が起こっているのでしょうか。私自身が、結局はヒラリー・クリントンの大統領就任や英国のEU残留を思い描いた背景には、次のような思いがありました。「今世界は確かに大きな転換を求められているのだが、いったいどこに向かってどう転換すれば良いのか、その道筋は見えていない。従って混乱を避けるためには、次善の策としてもうしばらく“現状”を維持して、時間を稼ぐしかないだろう。」しかし現実の動きはそうではなく、もうこれ以上待つことが出来ずに、と兎にもかく角にも“現状”からの変化を求めた人の方が多かったようです。

(2)理想を求めた結果としての現実
それでは“現状”とはいったい何でしょう。それは国境の垣根を取り払って、規制を少なくし、グローバルに自由に競争して経済活動が展開できる仕組みを理想として目指す、経済社会の仕組みのことです。この経済活動の中になるべく多くの人々が参加して、経済成長が達成できるように、自由と平等が理念として掲げられ、差別の撤廃がうた謳われ、多くの人々の意見が集約されて権利が守られるように、民主主義がひょうぼう標榜されました。この理想は非の打ちどころなく素晴らしく、反論する余地の無いものでした。

しかし問題はその結果です。そもそも第二次世界大戦の荒廃と犠牲、戦後の東西対立・冷戦を経て、(西側)先進諸国がGATT協定やWTOの設立で目指してきたグローバルな自由経済体制の目的は、人々の生活水準が向上し、人間的にも豊かに暮らせるようになるためでした。しかしその結果はどうだったのでしょうか。確かに世界経済は中進国をも含めて大きく成長することになりましたが、同時にグローバル自由競争による勝者と敗者もはっきりすることになりました。勝者は資本力も技術力も豊富なグローバル企業(それを経営する者とそこに投資する者)です。自由貿易体制は、規制を緩和して自由に競争出来る環境を整えた分、当初の理想に反して、強い者がますます強くなる仕組みに転化してしまいました。そして中産階級以下は、強い者が勝って富を増やす分だけ、自分たちの資産が目減りして、却って生活水準を落とす結果になってしまったのです。また世界経済発展の理念のもとに、この自由経済体制に旧東欧・社会主義諸国や途上国、価値観の異なるアラブ諸国も巻き込んでいったのですが、その結果も、どうもう獰猛なグローバル企業のための獲物を増やすだけのことになってしまったのです。

こうして格差が拡大し、今年1月のダボス会議に先立ってNGOのオックスファムが発表した報告によると、上位1%の富裕層に富が集中し、その資産は残りの99%の人々の資産を上回るという状況にまで至りました。もちろん格差の拡大そのものが、一概に悪いとは言えません。資本主義の原理から言えば、競争に勝つ者、つまりお金儲けのうまい者に富を集中させた方が、より大きく富を増やせて効率が良くなるからです。

(3)私たちが目にする“現状”とは
しかし当然のことながら、強い者はその強さを維持しようとして、自分に都合よくグローバル自由経済のルールを運用したり変更しようとします。こうして富の集中は、却って経済の効率性を阻害してしまうことがあるのです。そして何よりも問題なのは、圧倒的大多数の中産階級以下の人々の可処分所得が減少して、需要が停滞してしまったことです。そのために設備投資が伸びずに資金需要が低迷し、富裕層に集中した資産が、実態経済への有効な投資先を失い、マネーゲームを始めることになりました。こうしてバブルを生み出し、あるいは金融リスクを高めて利益を拡大しようとすることから金融秩序の危機をもたらし、逆に実体経済にダメージを与えることにもなってしまったのです。

こうした経済の実情の中にあって、中産階級以下の庶民は、もはや競争に参加して勝利する条件を奪われ*、ますます生活環境が悪化していくのを待つしか無い状況に置かれてしまったのです。しかもこうした状況に異議を申し立てようにも、グローバル自由競争は、自由と平等、差別の撤廃と民主主義の理念という人類の勝ち得た叡智と一体となっており、グローバル経済への反論は、その理念を犯すことにもなりかねないという、内面からの良心の規制にはば阻まれる現象がお起こってしまうのです。こうして私たちは、今言いようのない不満と不安を抱き、しかしそれを口に出すこともぶつける先も分からないというもどかしさにさいな苛まれているのです。これが私たちの直面する“現状”なのです。 
* もちろん庶民でも、競争に参加して成功して、上位1%の仲間入りを果たすことは可能です。しかしそれが出来る確率は従来より格段に低く、はるかに大きな労力と犠牲、また奇跡にも近い幸運に恵まれることが求められるようになってきているのです。

2.トランプ氏を支持した人々
(1)ポピュリストの役割
こうした“現状”に耐えきれずに、明確な代替策もないままについに異議申し立てを表明したのが、イギリスのブレグジットとアメリカでのトランプ大統領の誕生だったのです。またこの意義申し立てへの良心的ちゅうちょ躊躇を解き放ち、人々を駆り立てて先導してきたのが、イギリスでは前ロンドン市長のボリス・ジョンソンや英国独立党のナイジェル・ファラージ、そしてアメリカではドナルド・トランプというポピュリストたちだったのです。グローバル自由経済体制の旗振り役であったイギリスとアメリカというアングロサクソンが、それぞれ「偉大な英国の復興」「偉大アメリカの復興」を掲げて、真っ先に自分たちの利益のために推進してきたグローバル経済の否定を行なったのですから、皮肉なものです。

さて以上が、トランプ大統領を生み出した背景の概要なのですが、それではいったいこれからアメリカと世界は、どういうことになっていくのでしょうか。それを考えるためには、どういう人たちがどういうおもわく思惑でトランプ氏を大統領に押し上げていったのかという、“トランプ現象”の内幕を、もう少し詳しく見ていく必要があります。そしてそのおもわく思惑が、どのようにからみあって展開していくのかを考えれば、或る程度の今後の成り行きの推測も可能かと思われます。

(2)白人の低所得層の実情
まず第1にトランプ氏を最も熱烈に支持したのは、白人の中低所得階層の人々だと言われています。それではこの人たちというのは、いったいどういう人々なのでしょうか。アメリカでは、1964年の公民権法の制定以来、人種やLGBT等マイノリティーに対する差別の撤廃と、平等な権利の保障が進展してきました。これは人道的な理念からは素晴らしい進歩であり、また移民によって支えられるアメリカの社会においては、より多様で多くの人々の社会的地位と就業機会を増大させることになり、所得を拡大し、消費市場に組み入れるということで、アメリカ経済にとっても効果のあることでした。

その一方で、従来優越的地位にあった白人階層は、次第に厳しい状況に追い込まれていきます。例えば夢と希望を抱いてアメリカに移民してきたヒスパニック系や、新たに権利が保障された黒人系の人々のことを思い浮かべてみて下さい。彼らは将来に希望を抱いているのですから、どんな辛い仕事にもつ就いて必死で働いて、少しでも自分たちの生活を良くして、成功のチャンスを見つけていこうとするでしょう。実際にこうした階層の人々の多くは、自分の子供たちは、自分よりも良い生活出来るだろうという期待を抱いています。しかし白人階層の人々はどうでしょうか。かつては雇用でも賃金でも教育でも、優遇されていたものが公式にはそうはいかなくなりました。逆にマイノリティーであれば、公平を期する目的から、一定枠で入学や雇用が認められたりもします。ところが白人の場合には、そもそもが優遇されていたのですから、そんな特別扱いは認められません。

こうして意欲にも劣り、機会でも優遇されず、しかも昔は優越的地位にあったというプライドを持つ人間が、必死で取り組むマイノリティーたちと一緒に働くとしたらどうなるでしょうか。思うように成果を上げることが出来ず、従って成功もおぼつか覚束ず、やがて不満を募らせていくことになります。そしてこうした人たちが、その不満を、自分の責任ではなく社会の制度や他者のせいに振り向けがちになることも、人間のさが性として仕方の無いことだと言えるでしょう。

こうして少し極端な表現をするなら、スキルの無い白人労働者というのは、働きが悪くて努力もしない割には、文句ばかり言う連中。そして何か問題があればすぐに他人のせいにして大騒ぎをするという、雇用者側から見れば扱いづらい人たちと映ってくるのです。この結果地位の向上どころか、ますます低下していくことにさえなっていく。アメリカの統計の中で唯一白人の低所得階層だけが、子供の生活は自分たちよりも悪くなるだろうと見込んでいるのです。

(3)白人の中低所得層の本音
そしてさらにもう1つアメリカには、白人低所得層を追い込む問題が存在しています。それがポリティカル・コレクトネスに象徴される問題です。先にも述べたとおり、アメリカの社会は、差別を撤廃し、公正・公平の価値を実現する方向に進んできました。そのためにこの価値に反する言動や行為を行う者は、社会正義に反する者というレッテルが貼られ、さげす蔑みの対象となってしまうのです。そして考えようによっては、行き過ぎた状況を生み出すことにもなります。例えば大学で、黒人学生が差別や権利を主張して、何日もホールを占拠して抗議を行ったとしても、それは正当な権利の行使だと見なされる傾向にあります。しかしもし白人学生が、ホールを利用できない不便や黒人学生の主張に異議を唱えて抗議活動をしようものなら、たちまちにしてその学生は、人種差別主義者などと見なされて、逆に激しい非難を浴びることになってしまうのです。宗教についても同様なことがあり、多様な価値観を尊重する観点から、例えば学内にイスラム教の礼拝場は認められるのに、教室で皆がキリスト教の祈りを捧げることは、マイノリティーの抑圧と見做されてしまうこともあるのです。特に宗教の問題は敏感で、信仰に制約を感じると、自分たちの文化や伝統までもが侵されたような屈辱を覚えてしまうのです。

さてこのように、地位も生活も低下して不満が募る白人低所得層は、今ではその責任を他者にてんか転嫁して思いを晴らしたい欲求が渦巻いているのですが、ポリティカル・コレクトネスと反差別の価値観によって、その欲求を口に出すことすら出来ない状況に置かれています。そしてそんな時に現れたのが、ドナルド・トランプだったのです。彼は自分たち(白人低所得層)の雇用を奪い、生活が良くならないのは、流入する移民と、イスラム教徒と、アメリカの市場を食い物にする中国と日本のせいだと、タブーを破って言ってのけたのです。

これは白人低所得層の人たちが、そう言って責任を転嫁したいと思っていたまさにそのことだったのですが、価値規制から言うに言えないでいたことだったのです。それ故に彼らは口々に、トランプは自分たちのために本音を語ってくれたと、ある種解放された思いを抱いて賞賛するに至ったのです。そしてその思いは、没落の危機にひん瀕している白人の中間層にも共有され、こうしてトランプの支持は、白人低所得層から中間層へと広がっていくことになったのです。

(4)反知性主義
さらにトランプが破ったもう1つのタブーは、反知性主義です。アメリカで言う反知性主義というのは、反理性主義とは異なります。知性が権力と結びついて、価値観の面で自分たちの自由を束縛することに対する反発なのです。すでに述べたとおり、公平・公正、反差別の理念は普遍的なもので、誰も意義を唱えられない知性なのですが、実はこの理念が、自由市場経済体制の拡大と結びついているのです。そして結局はその知性が、この競争ゲームの勝者であるエスタブリッシュメントの権力を脅かすことが出来ないような、価値規制として働くようになってしまっているのです。トランプ氏の過激な言説は、まさにこの知性と権力の結びつきを断ち切り、権力の価値規制に対して、おかしいものはおかしいと言える道を切り開いたのです。

この反知性主義は、プラグムティズムの根づくアメリカにおいて、下層階級の人たちにとっては「頭のいいやつらの言葉には騙されない」という思いと共鳴して共感を得るのですが、実はアメリカにおける格差の拡大に危機感を抱く、知識階層の人々の心にも共感を得るに至ったのです。またアメリカの反差別と機会均等のためのマイノリティー優遇の政策は、行き過ぎた面があるにも関わらず異議申し立てが出来ず、このこともまた知識階層の一部の人々にとっては、フラストレーションになっていました。実際アメリカにおいてエスタブリッシュメントへの道を登っていこうとする者たちにとって、ちょっとした言動や行動のミスで、人種差別主義者の汚名が着せられたなら、一瞬にしてそのキャリアへの道が閉ざされてしまうことになるのです。

こうしてトランプ氏の過激な言動は、不合理と閉塞感を感じていた知識階級の人々にも解放感を与え、“隠れトランプ支持”という形で、その影響を及ぼしていったのです。

3.トランプ氏を支持する意外な勢力
(1)白人富裕層の支持
以上のようにして、ろくに努力もしないで苦境に陥った人間が、その原因を他人のせいにして、だだ駄々っ子のように無茶な要求を突きつけるのにも似たトランプ氏の過激な発言は、アメリカの白人の中下層階級、そして一部の知識階層にも支持を広げていったのです。しかしトランプ氏を支持したのは、これらの人々だけではありませんでした。さらにグローバル企業とは縁の薄いアメリカの富裕層も、トランプ氏の強力な支持基盤となっていました。

これはある意味当然なことで、「偉大なアメリカの復興」ということでトランプ氏が意図しているのは、古き良き時代の白人階層が思い描いた、自助努力による成功(アメリカンドリーム)というものでした。それはトランプ氏自身が、自分の人生において体現して見せているものでもありました(実際のトランプ氏は、富豪の息子なのですが、アメリカンドリームによる成功者という自分を演出しています)。従ってその根幹のところでは、小さな政府と規制のない自由な市場経済という、共和党の基本理念と一致しているところがあるのです。

マイノリティーへの支援政策やオバマケア等で、自分たちの収めた税金が不効率に浪費され、また自分たちが自由に金儲けすることにも制約の課せられるオバマ民主党政権にへきえき辟易していた富裕層が、同じ価値観を体現するトランプ氏を支援するのは当然の成り行きでしょう。

(2)エスタブリッシュメントの選択
それでは逆に、トランプ氏と敵対する勢力とは誰なのでしょうか。1つにはヒラリー・クリントンの背後にある勢力で、グローバル企業、軍産複合体、ウォール街の金融業界、そしてそれらの企業からの広告収入に経営基盤を依存するマスコミ業界といったところでしょう。こうした現在の政治権力を担う勢力にとっての利益関心は、自由と平等、反差別とマイノリティー支援によってグローバルに市場を拡大し、企業が自由に経済活動を行える(自分たちが儲けられる)ようにすることです。そして経済成長と企業利益の拡大*は社会目的に合致する(みんなの利益になる)という幻想をふ振りま撒いて、自分たちの利益を積み増していくことでした。
* 経済成長と企業利益の拡大の実態は、従業員の賃金を抑制し(中産階級の資産を目減りさせ)て企業に所得を移転させ、企業利益を積み増す(経営者等富裕層の資産増)ことに他ならない。ここでも知性と権力を結びつけ、格差拡大の現状に価値観で縛って文句の言えないようにする機能が作用している。
これに対してトランプ氏の基本理念は、白人階層を中心とした古き良き偉大なアメリカを復興することです。このために白人階層を中心とした雇用の確保を図るために、保護主義的な政策を掲げ、また白人階層の“本音”を代弁することで、現在の権力を担う勢力にとって都合の良い価値観にも、メスを入れていったのです。

こうしたトランプ氏の理念は、真っ向から現在の政治体制を担う勢力と敵対することになるのですが、
大統領選挙戦の最終版おいては、それらの勢力も、トランプ氏の支持にまわるか、少なくともトランプ氏が大統領になっても許容する立場へと移行したように見受けられます(FBIによるヒラリー・クリントンのメール問題の再捜査は、そのあかし証?)。なぜなら、トランプ氏が開けたパンドラの箱の影響があまりにも大きかったからです。中低所得層を中心とする白人階層の人々が、現在の政治システムのもとでは、誰が政治を担っても現在の支配層の利権に取り込まれ、自分たちの利益の拡大や自由な価値観の表明が出来ることにはならないと気づいてしまったのです。こうした事態に至った背景には、“Chenge”をスローガンに掲げ、初の黒人大統領として国民の期待を一身に担ったオバマ大統領さえもが、結局は現在の支配勢力に組み込まれてしまった幻滅が大きかったこともあります。

このような状況に至って、グローバル企業やウォール街の金融業界などの現在の政治経済の支配勢力は、ヒラリー・クリントンよりも、むしろトランプを大統領に選んだ方が、自分たちの支配が長らえられると考えたとしても、不思議ではありません。それは、明らかに自分たちの利益を代弁するヒラリー・クリントンを大統領に据えたのでは、白人中低所得層の不満はおさまりがつかず、いずれクリトン氏の健康問題やメール問題への疑惑として噴出して、政権が長続きしない可能性があるからです。そして彼らの不満は、クリントン氏を介して現在の政治支配勢力にダイレクトに向けられてくる可能性もあったからです。

この点トランプ氏が大統領になった場合には、白人階層の期待に応えることになります。また、今後トランプ新大統領の経済政策(トランプノミクス)がどのような内容になるにせよ、すぐには劇的な変化をもたらすことは難しく、当面の間は自分たちの支配体制が温存でき、時間が稼げると考えたしても不思議はありません。そして何よりも、トランプ氏の経済政策が白人階層の期待に添わないものとなった時には、その批判はトランプ大統領に個人に向けられることになり、直接的には自分たちに振り向けられてこないメリットがあるのです。

(3)トランプ氏を支持する海外の勢力
さらにもう1つ、トランプ氏を支持する勢力に付け加えるとするなら、ロシアや中国、そしてフランスの国民戦線に代表されるヨーロッパの極右ポリュリズム勢力でしょう。アメリカがグローバル企業や軍産複合体の利益ために、グローバル市場を拡大し、そのために軍事紛争もいと厭わずに政治介入することを止めて、保護主義や孤立主義に回帰するなら、ロシアや中国にとっては、地政学的に自国の影響圏を拡大するチャンスとなります。また政治経験の無いトランプ氏であれば、権力闘争を勝ち抜いてきたろうかい老獪なプーチンや習近平にとっては、理詰めで対応してくるヒラリー・クリントンよりもくみ与しやす易い相手と考えて当然でしょう。さらに移民排斥と反EUを掲げて、EUの理念の価値支配に抵抗するヨーロッパの極右・ポピュリズム勢力にとっても、トランプの理念は自分たちと共有するところがあり、トランプの勝利は、自分たちを勢いづかせることになると判断してもおかしくは無いのです。

4.今後の展開
(1)トランプ現象が明らかにしたこと
以上ここまで、トランプ氏を大統領に押し上げたのはいったい誰で、どのようなおもわく思惑でそうしたのかを見てきました。そしてその分析からトランプ現象の背景について考えてきたのですが、そこから分かってくることをまとめると、以下のようなことになるでしょう。

まず第1に、現在アメリカにおいて、白人中低所得層の生活や社会的地位が困難な状況におちい陥っており、それが次第に悪化していく傾向にある。第2に、そのように白人中低所得層は、自分たちの状況が悪化しているにも関わらず、かつてマジョリティで優位な社会的地位にあったがために、公平・公正と反差別の価値観から、自分たちの窮状を思うように訴えることが出来ないでいる(マイノリティーは差別を受けたと白人のせいにして非難できるが、その逆は許されない)。第3に、その結果マイノリティーには地位向上のための優遇措置が認められても、自分たちには認められず、逆差別を感じたり、自分たちの資産がマイノリティー支援に使われているような思いを感じて、不満を募らせている。

しかしさらにこの背景にある根本的な原因は、格差の拡大による、白人層に関わらないアメリカの中低所得層全般の生活や地位の悪化があ挙げられるでしょう。忘れてはならないことですが、移民と多民族国家であるアメリカは、今でも白人が人口の72%(ヒスパニック系を除くと64%)を占めるマジョリティであるということです。この白人層が、人道的理念とキリスト教の倫理観から、その優位性を自らマイノリティーに譲り渡すことで、アメリカは自由と民主主義と市場経済を発展させ、世界をリードしてきたのです。しかし1980年代のレーガノミックス以来の新自由主義政策によって、格差が拡大し、中産階級以下が没落し、白人階層と言えども、もはや他者をかえりみ顧る余裕の無いほどにひへい疲弊するに至っているのです。

(2)トランプ新大統領の経済政策
このようにドナルド・トランプ氏があぶ炙り出した現実は、マジョリティである白人中低所得層の没落と、このマジョリティにもはやマイノリティーを支える余力が無くなっている状況、そしてそれどころか彼らにマイノリティーと同列の支援が必用になってきている現実でした。この事実を明らかにしたことは、トランプ氏の大きな功績であったのですが、この現実に対するトランプ氏の対応策は、マジョリティがマイノリティーを責めてうっぷん鬱憤を晴らすという域を出るものではありません。

今後トランプ新大統領の経済・外交政策がどのようなものになるかについては、もう少し具体的な方針が示されてからまた別に検討する機会を設けたいと思いますが、いず何れにせよ、トランプ氏を熱狂的に支持した白人中低所得層の利益を充たすことが優先されることは間違いの無いことでしょう。それは経済政策においては、何と言っても彼らの雇用の確保であり、そのためには財政出動による景気刺激策と減税等が予想されることになります。そして白人中低所得層の心情を代弁し、またその地位を確保するために、移民制限やマイノリティーの地位向上の施策は抑制されることになるかもしれません。しかしそれは、アメリカの財政を急速に悪化させ、また移民やマイノリティーを市場に取り込むことを抑制することから、アメリカ経済の成長と生産性を制約することにつながっていきます。

そしてやがては破綻の危機が顕在化して、何らかの方向転換を余儀なくされる。その危機がどのぐらいのタイミングでやってくるかは、今後のトランプ新大統領の政治スタイル次第となるでしょう。トランプ氏が共和党主流派や、グローバル企業等現政治支配層と融和的政治手法を行えば、危機の時期は先に延びることでしょう。ただしその時には、白人中低所得層の突き上げを受けることになります。また例えばトランプ氏が側近で政権中枢を固め、引き続きエキセントリックな政治手法を行うのであれば、危機の時期は早まることになるものと思われます。

(3)外交政策
トランプ新大統領の外交政策については、アメリカによる世界各地での政治介入が縮小し、自国優先の孤立主義・保護主義的な政策に移行することが、避けられなくなってくるでしょう。アメリカが多額の税金を投入して、グローバル市場を切り開いても、それで利益を得るグローバル企業は、タックスヘブン等を利用することで、投入した税金がアメリカに還流してこないからです。このためにグローバル市場政策をと採り続けていたのでは、アメリカの資金支出は垂れ流しとなって財政が持ちません。しかもその垂れ流した税金が、そっくりそのままグローバル企業の利益として飲み込まれる構造が、すでにアメリカの庶民の目に明らかになってしまっているのです。

こうしてアメリカによるグローバル支配構造が縮小していけば、否応なく日本の対米依存・従属の構造も変質していかざるを得なくなってきます。アメリカの顔色をうかが窺いつつ、日本の国益を考えて中国やロシアを始めとする諸外国とどう向き合っていくかが問われます。また第二次世界大戦以降日本という国には、2つの支配構造が存在していました。1つは日本の政府であり、もう1つはアメリカでした。そのアメリカの影響力が低下していくのですから、私たちの国の基本構造自体にも、次第に大きな変化がもたらされていくものと思われます。

5.問題の本質的な解決を目指して
さてここまで、トランプ氏がなぜ大統領に選ばれたのか、その支持層の背景を考え、そこから見えてくる今後の展開を探ってみたのですが、実は、アメリカと世界の今後を考える上で、もう1つの重要な要素をまだ検討していません。それは当たり前のことなのですが、トランプ氏ではなくヒラリー・クリントンに投票した人々、あるいはどちらも支援出来ないので意図的に棄権した人々の動向です。今回の大統領選挙の得票率で見れば、クリントン氏の方がトランプ氏を上回ったという情報もありますから、棄権した人々も含めれば、その数はアメリカの有権者の50%を上回る数になることでしょう。

ヒラリー・クリントンの支持者の中には、もちろん現在の支配勢力であるグローバル企業、金融業界、軍産複合体などの利益を代表する人々も存在します。しかしトランプ氏のポピュリスト的な政治手法や反人権的な発言を嫌う者、そして民主党内でクリントン氏と大統領候補を争ったバーニー・サンダース氏の支持者等もいることでしょう。

先にも述べたとおり、トランプ旋風で明らかになったアメリカの問題の本質は、格差の拡大による、マジョリティである白人層までをも巻き込んだ中低所得層の生活状況の悪化です。そして反差別の理念による矛盾が、白人中低所得層を二重にむしば蝕んだということです。この状況に対する対応は、マジョリティもマイナリティーも同等の立場に立って、巨大な格差の是正に取り組み、もう1度豊かな市場の育成に取り組んでいくことしかありません。その時始めて、グローバル企業の市場確保のための公正・公平・反差別ではなく、自分たちの暮らしを豊かにしていくための、アメリカ本来の自由と民主主義の理念が実現されていくものと思われます。そのためにはトランプ大統領を支持しない勢力、とりわけバーニー・サンダースを支持した勢力やトランプ大統領誕生で危機感を覚えた人々等が、次の中間選挙までの2年間にどのような動きをしていくのか、注目にあたい価するところだと思われます。

今回パンセ通信は、アメリカで予想に反してトランプ大統領が誕生したことから、その影響を考えてみることにしました。次回は、やはり現代のような変化と危機の時代にあって、人々が本当に暮らしを守り、自由に信頼しあって生きていけるように、批判精神を駆使して笑いとユーモアで警鐘を鳴らした、チャップリンの映画『独裁者』の内容を見ていきたいと思います。なお、11月14日のパンセ集いは、場所を変えて懇親会も兼ねて、赤坂見附で18時30分より行います。始めて参加ご希望の方や久しぶりに参加する方は、白鳥までご連絡下さい。