■2017.5.13パンセ通信No.136『人間の原理から、関係世界の原理の解明へ』
皆 様 へ
1.人間が生きる関係世界
人間とは何か。そしてその存在の本質からして、私たちは社会や経済や文化という仕組みをつくって生きているのですが、それでは、社会や経済や文化というのは、どういう仕組みであれば人間の本質に最も適い、私たちが苦しんだり退歩することなく、前向きに良く生きていくことが出来るのでしょうか。前回と前々回のパンセ通信では、人間の本質から考えて、私たちの生きる原理について考えてみたのですが、今回は再度それを整理し直した上で、人間が生きる関係世界の原理を考え、次に人間の社会の原理の検討に踏み出していってみたいと思います。ここで社会というのは、私たちの身近で直接的な人間関係のことを言うのでは無く、間接的で抽象的ではありますが、私たちが関りを持って生きる人間集団の総体のことを言い、具体的には政治や統治のシステムのことを意味します。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、5月15日の月曜日18時から行います。場所は渋谷区本町の本町ホームシアターで行います。
2.人間の原理の整理
(1)人間の意識と欲望の特質
人間が生きる社会を含む関係世界の原理(関係世界の仕組みについて考えたり評価したりする上での起点となる視座)を浮き彫りにしていく上で、最初にそれを考える前提となる人間の本質と生きる原理について、もう1度簡単に整理しておきたいと思います。人間には他の動物と区別される明確な意識と欲望の特質があります。前回はそれを整理することから、人間という存在を最も特徴づける本質(誰もが共通に了解して納得できる概念)を浮かび上がらせてみました。そしてこうした人間の存在の特質から、人間の生き方とあり様について5つの原理を設定してみたのです。
まず人間の意識の特質については、①明確な自己意識を持つ(他と区別して私は私であるという意識)。②自分(自己意識)を起点(中心)に、他者や周囲の環境世界を対象(自分のための手段)として捉える。③一方で共感能力があり、自分の経験からの類推で、自己意識において他者の感情や求めを推し量ることが出来る。という3点を挙げることが出来ます。
次に人間の欲望特質については、①自己欲望(自己の利益を求める)と、関係性(の心地良さを求める)欲望が混在する。これは人間が他者との関係世界に生きるが故のことですが、それ故に、自己を生かすと同時に他者を生かすという矛盾する欲望に葛藤することにもなるのです。②欲望との相関で、自己意識の中に価値の序列(体系)をつくる。私たちは自分が良く生きられる(欲望を充たす)かどうかで世界の事象を分節して捉え、自己意識の中に意味と価値の体系をつくります。良く生きられるために必要なものは意味あるもの、効果あるものは価値あるものと意識され、その意味と価値の累積は、やがて正しさ(良さ・善)、ほんとう(真実)、美しさ(きれいさ)の自己価値の基準(体系)に結実していきます。③自己価値の体系は無意識化され感性化され、自我(パーソナリティー)を形成していく。そして人間の欲望は、本能(身体)から離れ、この自己価値の基準にそって流れる自我の欲望へと変質することになるのです。④人間の欲望は低次なものから高次なものへと階層化される。具体的には安全、生活維持、親和的人間関係への欲望(以上の欲望充足が、幸福感を得るための必要条件)から、承認、成功、そして最も高次な欲望として自己価値を求め、新しい価値創造を行う欲望(以上が幸福感を得るための十分条件)へと階層化され、構造化されているのです。⑤人間の欲望は条件が整わなければ、低次の欲望を充たすことで精一杯となり、高次の欲望を求めるどころでは無くなる。低次の欲望充足しか出来ない時、私たちは人間らしい生き方の出来ないことに苦しんだり、あるいは人間らしさも知らぬままに、即物的あるいは獣的な生き方をしてしまうことになるのです。
(2)人間の本質と原理
こうした人間の意識と欲望の特質から、最も人間らしい特質として前回抽出してみたのが、人間の一番高次な欲望である『自己価値を求める欲望』ということでした。また人間の存在の態様として、何よりも特徴づけられることとして取り出したのが、『自己欲望と関係欲望を両立させようとする葛藤状態にある』ということでした。そしてこの『自己価値を求める欲望』と『自己欲望と関係欲望の葛藤』を、人間存在の本質として置いてみたのです。これらの本質から、人間の生き方とあり方に関して考えていくための、次の5つの原理を設定してみたのです。
①人間の欲望は自己(利益の)欲望と関係性(の豊かさを求める)欲望という2つの矛盾した欲望の相克状況にある。自分を生かし、同時に他者を生かすという両立(止揚(しよう))の出来た時、私たちは新しい価値創造の喜びに浸ることが出来る。その一方で自己価値(自己欲望)がぶつかり合って、敵対関係が生じたり、一方が他方に自己価値を押し付けて抑圧する事態も生じる。
②人間は無限の可能性(希望)に向けて開かれている存在である。それは自己価値(自我)を求める欲望が、常に今ある欲望の対象を超えてさらにその先にあるものを幻想的に追い求めるためであり、この結果人間の精神は無限性と自由を持つに至る
③人間は持続的な成長と発展のうちに生きる。それは人間が自己価値を求めて無限の可能性に自由に生きるからであり、また新たな価値創造を行うことに喜びを感じるからである。逆に自分の可能性を広げられずに抑圧される時、人間は不幸を感じルサンチマンを募らせることになる。
④人間は自己価値を求め、自他を生かす精神の自由に生き、価値を生み出して持続的に成長発展することを目的に、社会や経済などの仕組みをつくる。つまり人間は集団をつくり、他者との関係性の中で生きる存在なのだが、その関係世界を形成する第1の原理は、あくまでも人間存在の肯定的な側面を伸ばすことで、欲望を前進的に充足していくことにある。
⑤しかし自己欲望と関係欲望が葛藤する下において自己価値を求める人間の本質は、互いの自己価値がぶつかりあって敵対し、あるいは支配被支配関係を生み、その結果苦しみに苛(さいな)まれたり、充たされない思いに鬱屈(うっくつ)(絶望)してルサンチマンを募らせたりする本性をも併せ持つ。従って人間の欲望がもたらす否定的な側面を制御する仕組みが、関係世界を形成する原理の中に合わせ持たれるようになる。そうでなければ人間は、争いの内に社会(や生態系)が崩壊して滅びるか、個人の自己意識においても崩壊(自殺等)の危機に瀕することになる。
3.関係の次元と様々な仕組み
(1)関係世界の原理
以上ここまで人間の意識と欲望の特質、また人間存在の本質、そして人間の生き方とあり様(よう)の原理について再度整理してきましたが、こうした人間の原理から帰結されてくる関係世界の原理としては、次の3つのことを挙げることが出来ます。第1は、矛盾した欲望の葛藤を本質とする人間がつくる関係世界は、やはり人間の本質を肯定的に生かすベクトルも、否定面を増幅するベクトルもあって、両面の力がせめぎ合って出来ている。それ故に2番目として関係世界の中には、人間の本質や原理を肯定的に生かそうとする契機が組み込まれている。また3番目として人間が自滅していかないようにするために、人間の原理の否定的側面を制御する仕組みも、関係世界の中には組み込まれている。自己価値を求めて無限性に生きる人間は、その欲望が暴走して自滅する可能性(自由)にも開かれていることから、自分たちが関り合って生きていく関係世界に、歯止めとなる仕組みも巧妙に組み込んでいくのです。
ここで関係世界というのは、(個体では無く)集団で自然界と関わりながら生きるようになった人間が、他者と様々な次元で関係を持つことによって現れてくる世界のことです。その1つは直接的に交渉を持つ身近な人間関係の世界です。2つ目は直接的には接しないが、間接的には結びついて共同体をつくるような、抽象的な(見えない)人間関係の世界です。つまり社会のことです。そして3つ目は、この共同体や社会を通じて関わる自然界との関係世界です。さらに4つ目として、自分自身との関係性についても挙げておかなければなりません。明確な自己意識を持つ人間は、その自己意識の中に自己価値の体系を築き自我を形成します。自我は固定したものでは無く(本当の自分など無く)、自己欲望と関係欲望の葛藤の中で、自分を良く生かそうと常に揺れ動いて変様していきます。自我を持つ私たちは、自分自身という不可思議な世界(他者)をも対象化して見ることになり、その関わり方については、関係世界の原理と同じなのです。
(2)関係世界の仕組み
さてこうした人間と関係世界の原理のもとに、私たちが間接的で抽象的な、見えない大きな人間関係を司るための仕組みとして編み出してきたのが社会です。社会はさらに、政治:社会が1つにまとまるための統治の仕組み、経済:必要物の生産と分配と消費の仕組み、そして文化:社会を支えるための価値観や行動規範を醸成する仕組み、という大きく3つのシステムから構成されています。
直接的人間関係を律する仕組みとしては、慣習や倫理や宗教などが編み出されてきました。また自分自身と関わる仕組みとしては、かつては宗教がその役割を果たしていましたが、現在では心理学がその代わりを担っているのでしょうか。そして自然界との関わりについては、かつては自然界を畏敬し共生する思想に基づく深い宗教観がその役割を担ってきたのでしたが、現在では財貨の生産のために資源を供給する、単に自己利益の手段としてのみ捉える利益至上主義の価値観で、私たちは自然に接しているように思われます。いずれにせよ、物資的な有用物(財貨)の生産競争に特化した近現代の社会では、身近な他者との関り方や自分自身との関り方、そして自然との関り方を律する仕組みについては、等閑(なおざり)にされているようです。
4.先人たちがつくってきた関係世界
それでは私たち人間は、人間性の原理に基づいて、これまでどのような具体的な政治、経済、文化、倫理、宗教、慣習などの仕組みをつくって、社会や身近な人間との関係、自分自身との関係、そして自然などとの関係世界を築き上げてきたのでしょうか。まず私たちの先人たちが、どんな仕組みをつくって生きてきたのか、その具体例を順を追って見ていきたいと思います。人間の欲望や原理の負の側面が野放しとなって、自滅に至らないように、いったいどのような制御の仕組がそれぞれの時代においてつくられてきたのでしょうか。また人間の最も高次の欲望であり人間存在の本質でもある、自己価値の欲望や価値創造の求めを充足していくために、どのような仕組みが施されてきたのでしょうか。
以上の2点に着目しつつ歴史を辿りながら、まずは間接的・抽象的で見えない人間関係を司る政治(統治)、経済、文化などの社会の仕組みと自然との関わり方について、その原理を考えていってみたいと思います。その上でそうした原理から、人間が滅びずに価値を生み出し、成長発展していけるための条件を洗い出し、私たちが生産的で人間らしく生きていけるための社会の仕組みについて構想していってみたいと思います。次いで直接的な人間関係や自分自身との関わり方の原理を考え、私たちが自分の身近なところから、これからの自分の人生と社会の仕組みをつくっていくことの出来る現実的で実践的な方法論を考えていってみたいと思います。
次回のパンセ通信では、まず原始共同体の社会にまで遡(さかのぼ)って、人間の関係世界の原理を洗い出していってみたいと思います。またパンセの集いの勉強会は、5月15日の月曜日18時から、渋谷区本町の本町ホームシアターで行います。お時間許す方はご参加下さい。
P.S.現在パンセ通信は、No.132まで校正・加筆したものをパンセ・ドゥ・高野山のホームページにアップしております。ご興味のある方は、以下のサイトをご覧下さい。
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1.人間が生きる関係世界
人間とは何か。そしてその存在の本質からして、私たちは社会や経済や文化という仕組みをつくって生きているのですが、それでは、社会や経済や文化というのは、どういう仕組みであれば人間の本質に最も適い、私たちが苦しんだり退歩することなく、前向きに良く生きていくことが出来るのでしょうか。前回と前々回のパンセ通信では、人間の本質から考えて、私たちの生きる原理について考えてみたのですが、今回は再度それを整理し直した上で、人間が生きる関係世界の原理を考え、次に人間の社会の原理の検討に踏み出していってみたいと思います。ここで社会というのは、私たちの身近で直接的な人間関係のことを言うのでは無く、間接的で抽象的ではありますが、私たちが関りを持って生きる人間集団の総体のことを言い、具体的には政治や統治のシステムのことを意味します。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、5月15日の月曜日18時から行います。場所は渋谷区本町の本町ホームシアターで行います。
2.人間の原理の整理
(1)人間の意識と欲望の特質
人間が生きる社会を含む関係世界の原理(関係世界の仕組みについて考えたり評価したりする上での起点となる視座)を浮き彫りにしていく上で、最初にそれを考える前提となる人間の本質と生きる原理について、もう1度簡単に整理しておきたいと思います。人間には他の動物と区別される明確な意識と欲望の特質があります。前回はそれを整理することから、人間という存在を最も特徴づける本質(誰もが共通に了解して納得できる概念)を浮かび上がらせてみました。そしてこうした人間の存在の特質から、人間の生き方とあり様について5つの原理を設定してみたのです。
まず人間の意識の特質については、①明確な自己意識を持つ(他と区別して私は私であるという意識)。②自分(自己意識)を起点(中心)に、他者や周囲の環境世界を対象(自分のための手段)として捉える。③一方で共感能力があり、自分の経験からの類推で、自己意識において他者の感情や求めを推し量ることが出来る。という3点を挙げることが出来ます。
次に人間の欲望特質については、①自己欲望(自己の利益を求める)と、関係性(の心地良さを求める)欲望が混在する。これは人間が他者との関係世界に生きるが故のことですが、それ故に、自己を生かすと同時に他者を生かすという矛盾する欲望に葛藤することにもなるのです。②欲望との相関で、自己意識の中に価値の序列(体系)をつくる。私たちは自分が良く生きられる(欲望を充たす)かどうかで世界の事象を分節して捉え、自己意識の中に意味と価値の体系をつくります。良く生きられるために必要なものは意味あるもの、効果あるものは価値あるものと意識され、その意味と価値の累積は、やがて正しさ(良さ・善)、ほんとう(真実)、美しさ(きれいさ)の自己価値の基準(体系)に結実していきます。③自己価値の体系は無意識化され感性化され、自我(パーソナリティー)を形成していく。そして人間の欲望は、本能(身体)から離れ、この自己価値の基準にそって流れる自我の欲望へと変質することになるのです。④人間の欲望は低次なものから高次なものへと階層化される。具体的には安全、生活維持、親和的人間関係への欲望(以上の欲望充足が、幸福感を得るための必要条件)から、承認、成功、そして最も高次な欲望として自己価値を求め、新しい価値創造を行う欲望(以上が幸福感を得るための十分条件)へと階層化され、構造化されているのです。⑤人間の欲望は条件が整わなければ、低次の欲望を充たすことで精一杯となり、高次の欲望を求めるどころでは無くなる。低次の欲望充足しか出来ない時、私たちは人間らしい生き方の出来ないことに苦しんだり、あるいは人間らしさも知らぬままに、即物的あるいは獣的な生き方をしてしまうことになるのです。
(2)人間の本質と原理
こうした人間の意識と欲望の特質から、最も人間らしい特質として前回抽出してみたのが、人間の一番高次な欲望である『自己価値を求める欲望』ということでした。また人間の存在の態様として、何よりも特徴づけられることとして取り出したのが、『自己欲望と関係欲望を両立させようとする葛藤状態にある』ということでした。そしてこの『自己価値を求める欲望』と『自己欲望と関係欲望の葛藤』を、人間存在の本質として置いてみたのです。これらの本質から、人間の生き方とあり方に関して考えていくための、次の5つの原理を設定してみたのです。
①人間の欲望は自己(利益の)欲望と関係性(の豊かさを求める)欲望という2つの矛盾した欲望の相克状況にある。自分を生かし、同時に他者を生かすという両立(止揚(しよう))の出来た時、私たちは新しい価値創造の喜びに浸ることが出来る。その一方で自己価値(自己欲望)がぶつかり合って、敵対関係が生じたり、一方が他方に自己価値を押し付けて抑圧する事態も生じる。
②人間は無限の可能性(希望)に向けて開かれている存在である。それは自己価値(自我)を求める欲望が、常に今ある欲望の対象を超えてさらにその先にあるものを幻想的に追い求めるためであり、この結果人間の精神は無限性と自由を持つに至る
③人間は持続的な成長と発展のうちに生きる。それは人間が自己価値を求めて無限の可能性に自由に生きるからであり、また新たな価値創造を行うことに喜びを感じるからである。逆に自分の可能性を広げられずに抑圧される時、人間は不幸を感じルサンチマンを募らせることになる。
④人間は自己価値を求め、自他を生かす精神の自由に生き、価値を生み出して持続的に成長発展することを目的に、社会や経済などの仕組みをつくる。つまり人間は集団をつくり、他者との関係性の中で生きる存在なのだが、その関係世界を形成する第1の原理は、あくまでも人間存在の肯定的な側面を伸ばすことで、欲望を前進的に充足していくことにある。
⑤しかし自己欲望と関係欲望が葛藤する下において自己価値を求める人間の本質は、互いの自己価値がぶつかりあって敵対し、あるいは支配被支配関係を生み、その結果苦しみに苛(さいな)まれたり、充たされない思いに鬱屈(うっくつ)(絶望)してルサンチマンを募らせたりする本性をも併せ持つ。従って人間の欲望がもたらす否定的な側面を制御する仕組みが、関係世界を形成する原理の中に合わせ持たれるようになる。そうでなければ人間は、争いの内に社会(や生態系)が崩壊して滅びるか、個人の自己意識においても崩壊(自殺等)の危機に瀕することになる。
3.関係の次元と様々な仕組み
(1)関係世界の原理
以上ここまで人間の意識と欲望の特質、また人間存在の本質、そして人間の生き方とあり様(よう)の原理について再度整理してきましたが、こうした人間の原理から帰結されてくる関係世界の原理としては、次の3つのことを挙げることが出来ます。第1は、矛盾した欲望の葛藤を本質とする人間がつくる関係世界は、やはり人間の本質を肯定的に生かすベクトルも、否定面を増幅するベクトルもあって、両面の力がせめぎ合って出来ている。それ故に2番目として関係世界の中には、人間の本質や原理を肯定的に生かそうとする契機が組み込まれている。また3番目として人間が自滅していかないようにするために、人間の原理の否定的側面を制御する仕組みも、関係世界の中には組み込まれている。自己価値を求めて無限性に生きる人間は、その欲望が暴走して自滅する可能性(自由)にも開かれていることから、自分たちが関り合って生きていく関係世界に、歯止めとなる仕組みも巧妙に組み込んでいくのです。
ここで関係世界というのは、(個体では無く)集団で自然界と関わりながら生きるようになった人間が、他者と様々な次元で関係を持つことによって現れてくる世界のことです。その1つは直接的に交渉を持つ身近な人間関係の世界です。2つ目は直接的には接しないが、間接的には結びついて共同体をつくるような、抽象的な(見えない)人間関係の世界です。つまり社会のことです。そして3つ目は、この共同体や社会を通じて関わる自然界との関係世界です。さらに4つ目として、自分自身との関係性についても挙げておかなければなりません。明確な自己意識を持つ人間は、その自己意識の中に自己価値の体系を築き自我を形成します。自我は固定したものでは無く(本当の自分など無く)、自己欲望と関係欲望の葛藤の中で、自分を良く生かそうと常に揺れ動いて変様していきます。自我を持つ私たちは、自分自身という不可思議な世界(他者)をも対象化して見ることになり、その関わり方については、関係世界の原理と同じなのです。
(2)関係世界の仕組み
さてこうした人間と関係世界の原理のもとに、私たちが間接的で抽象的な、見えない大きな人間関係を司るための仕組みとして編み出してきたのが社会です。社会はさらに、政治:社会が1つにまとまるための統治の仕組み、経済:必要物の生産と分配と消費の仕組み、そして文化:社会を支えるための価値観や行動規範を醸成する仕組み、という大きく3つのシステムから構成されています。
直接的人間関係を律する仕組みとしては、慣習や倫理や宗教などが編み出されてきました。また自分自身と関わる仕組みとしては、かつては宗教がその役割を果たしていましたが、現在では心理学がその代わりを担っているのでしょうか。そして自然界との関わりについては、かつては自然界を畏敬し共生する思想に基づく深い宗教観がその役割を担ってきたのでしたが、現在では財貨の生産のために資源を供給する、単に自己利益の手段としてのみ捉える利益至上主義の価値観で、私たちは自然に接しているように思われます。いずれにせよ、物資的な有用物(財貨)の生産競争に特化した近現代の社会では、身近な他者との関り方や自分自身との関り方、そして自然との関り方を律する仕組みについては、等閑(なおざり)にされているようです。
4.先人たちがつくってきた関係世界
それでは私たち人間は、人間性の原理に基づいて、これまでどのような具体的な政治、経済、文化、倫理、宗教、慣習などの仕組みをつくって、社会や身近な人間との関係、自分自身との関係、そして自然などとの関係世界を築き上げてきたのでしょうか。まず私たちの先人たちが、どんな仕組みをつくって生きてきたのか、その具体例を順を追って見ていきたいと思います。人間の欲望や原理の負の側面が野放しとなって、自滅に至らないように、いったいどのような制御の仕組がそれぞれの時代においてつくられてきたのでしょうか。また人間の最も高次の欲望であり人間存在の本質でもある、自己価値の欲望や価値創造の求めを充足していくために、どのような仕組みが施されてきたのでしょうか。
以上の2点に着目しつつ歴史を辿りながら、まずは間接的・抽象的で見えない人間関係を司る政治(統治)、経済、文化などの社会の仕組みと自然との関わり方について、その原理を考えていってみたいと思います。その上でそうした原理から、人間が滅びずに価値を生み出し、成長発展していけるための条件を洗い出し、私たちが生産的で人間らしく生きていけるための社会の仕組みについて構想していってみたいと思います。次いで直接的な人間関係や自分自身との関わり方の原理を考え、私たちが自分の身近なところから、これからの自分の人生と社会の仕組みをつくっていくことの出来る現実的で実践的な方法論を考えていってみたいと思います。
次回のパンセ通信では、まず原始共同体の社会にまで遡(さかのぼ)って、人間の関係世界の原理を洗い出していってみたいと思います。またパンセの集いの勉強会は、5月15日の月曜日18時から、渋谷区本町の本町ホームシアターで行います。お時間許す方はご参加下さい。
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