■2017.5.20パンセ通信No.137『テクニックとしての政治から、政治と統治の本質へ』
皆 様 へ
1.現在の政治状況と政治の原理
トランプ大統領の政権運営や北朝鮮問題、またヨーロッパにおける排他的なポピュリズムが台頭する一方で、着実に気候変動や難民飢餓問題が深刻化する等、世界が揺れ動いています。日本においても、テロ等準備罪(共謀罪)や憲法改正問題等における空虚化した国会審議の傍らで、森友・加計学園問題、豊洲移転問題のなどの疑惑がマスコミで取沙汰され、何ら実質的な対応がなされないままに経済・社会危機が深化しつつあります。
パンセ通信ではこうした状況の中で、もう1度人間の本質から考え、私たちがどういう生き方をすれば良いか、またどのように他者と関われば良いか、そして社会や経済の仕組みはどうあれば良いのかについて、原理的なところから検討を積み重ねております。すでに人間の原理については整理を行い、前回より関係世界の原理に踏み込み、今後社会の原理、とりわけ社会を1つにまとめていく政治・統治の原理について考えていこうとしております。
今回は、これからもっとも原理的なところから政治・統治の原理を考えていくに先立って、現在の私たちが政治をどのようなものとして捉えているのか、最近の政治状況を踏まえてそのイメージを整理しておきたいと思います。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、5月22日の月曜日18時から、渋谷区本町ホームシアターで行います。またその次の5月29日は、月末ですのでホームシアターサークルの活動を予定しています。課題映画は、遠藤周作原作、熊井啓監督の『海と毒薬』です。熊井啓監督は、人生の汚点や自国の歴史の暗黒面に向き合うことが、いったいどういう意味を持つかということについて一貫して問い続けてこられた監督で、この映画でベルリン映画祭の銀熊賞(グランプリ)を受賞しています。(5/22は、ひょっとして途中で会場を近隣に移動する可能性もございますので、お越しになられる方は、ホームシアターが閉まっているようであれば、白鳥に確認の電話をお願い致します。)
2.政治とは権力を巡っての権謀術数か?
(1)トランプ政権の変質
さて現在、トランプ大統領がFBIのコミー長官を解任した件で、アメリカは上を下への大騒ぎとなり、世界中のメディアを賑わせています。トランプ大統領は、2月にマイケル・フリン国家安全保障担当大統領補佐官を、就任前にロシア駐米大使と接触した件で辞任させ、4月にはスティーブン・バノン大統領上級顧問兼主席戦略官を、国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーから外しました。そしてトランプ政権は、共和党内保守派の重鎮マイク・ペンス副大統領、軍部出身のジェームズ・マティス国防長官、石油メジャーエクソンモービルの経営者であったレックス・ティラーソン国務長官などの実務派を中心に、手堅い政権運営に移行するかと思われていました。その矢先に、今回の解任劇が起こったのです。
ところでトランプ政権は、言わば1%の富裕層による見えない社会支配に対する、99%の庶民層の反逆によって誕生した政権です。そしてその真骨頂は、これまでの政策や政治スタイルを抜本的に改革することにありました。しかしトランプ大統領の政権チームの主軸が、ペンス副大統領等のグループに移ったということは、トランプ政権の目的が、もはや改革ゲームを推進することから変質し、既存の政治支配層との妥協を図って、権力維持ゲームにまいしん邁進することへと切り替わったものと大枠では捉えて間違い無いでしょう。
実際にバノン主席戦略官がNSCを解任された翌日に、シリアへのミサイル攻撃が行われ、引き続き北朝鮮への強硬ないかく威嚇措置が展開され始めました。これはトランプ大統領の選挙公約であるアメリカ回帰政策に反するものであり、しかしアメリカの支配勢力の1つであるネオコン・軍産複合体(グローバル・ミリタリー・マフィア)を十分に満足させるものです。またトランプ大統領の1兆ドルのインフラ投資や大幅減税、金融規制緩和は、アメリカのビジネスセクターや金融セクター(グローバル金融マフアイア)の要望をも充たすものです。こんな政策をとれば、アメリカ経済が無茶苦茶になることでしょうけれども、その責任についても、トリックスター的要素を持つトランプ大統領に担わせれば良いのであって、既存の支配層の側としても、トランプ大統領をてい体の良い操り人形として利用価値を見出し、最後はスケープゴードに仕立て上げる道を選択したものと思われます。
(2)FBI長官解任の背景
ところがそのトランプ大統領が、FBIのジェームズ・コミー長官を突然解任したのです。その理由の真相は定かではありませんが、ロシアによる大統領選挙への介入疑惑に対するFBIの捜査を妨害するため、という論調が今後ますます強まってくることでしょう。そしてこの状況は、ニクソン大統領がウォーターゲート事件を捜査するコックス特別検察官を解任(土曜日の夜の虐殺)した事件と同様の出来事と見なされ、その論理的帰結は、通常ではトランプ大統領の弾劾へと結びついていく事態となっていくのです。
しかしいくらトランプ大統領が、幼児的でエキセントリックな性格を持つとは言え、自己への追及を逃れるために、このような誰が見てもかえ却って疑惑と反感を深めるような決断を、個人のせつなてき刹那的な判断で行えるものなのでしょうか。常識的に考えれば、信頼できる政権スタッフのよく練り上げられた助言に基づいてなされた判断と考えるのが妥当でしょう。では何故そのような助言が与えられたのでしょうか。考えられる理由は2つです。1つは将棋の最年少プロ棋士で、デビュー以来18連勝を続ける藤井聡太4段の繰り出す一手のように、凡人には判らないトランプ政権にとっての起死回生の策が秘められているということです。もう1つは、トランプ政権を支持したり利用しようとした勢力の一部が、トランプ大統領をついに見限ったということです。そのために、あえてトランプ大統領に弾劾へとつながる疑問手を打たせるに至ったのです。真偽のほどは判りませんが、やがて事態の推移が何が本当であったかを明らかにしていくことでしょう。
(3)政治を背後で操る勢力
このように政治というのは、一般人には見えないところで、権力への影響力を行使できる者たちの間において、謀略の限りを尽くされて展開されるものであるように見受けられます。そもそも今回解任されたFBIのコミー長官も、どうにも不可解な行動を取った人物です。昨年7月に、ヒラリー・クリントン民主党大統領候補の国務長官時代の私用メール問題を、一旦不起訴にしておきながら大統領選挙直前に再捜査に転じることを報じ、しかしその後すぐに再び訴追を見送り、大統領選挙に重大な影響を与えたのです。そしてトランプ大統領に対しては、トランプ大統領の申し立てるオバマ前大統領によるトランプタワー盗聴疑惑を一蹴し、トランプ陣営と通じていたかもしれないロシアによる大統領選挙介入疑惑の捜査を推進しました。(一説によるとトランプタワー盗聴疑惑は、コミー長官がトランプ大統領に忠誠を誓うかどうかの踏み絵だったと言われています)。こうしたコミー長官による不可解な行動は、トランプ大統領の指摘するように信用のおけない人間だからとった行動だったのでしょうか。これも個人的な資質の問題というよりは、大きな力が働いてのことだったのであろうと推察されます。そもそもヒラリー・クリントン元国務長官は、何故私用メールを用いて重要情報をやり取りしたのでしょうか。それは何らかの理由で、公務のメールでは(情報が政府機関に筒抜けになるので)やりとり出来ないなんらかの機密事項を、どうしても扱う必要があったからなのでしょう。
それではクリントン氏の私用メールでやりとりされていた機密事項とはいったい何だったのでしょうか。また誰がどんな目的で、コミーFBI長官に圧力をかけたのでしょうか。そしてトランプ大統領を見限って、弾劾への道を踏み出せたのは一体どんな勢力なのでしょうか。しかしそうしたことについては、あれこれ詮索や裏情報の収集の好きな専門家にまかせることにして、パンセ通信で考えたいのは、私たちはこうした権力を巡っての画策が、“政治”だと思ってしまう傾向にあるということです。しかし果たしてそれだけが“政治”なのでしょうか。
3.現代の政治ゲームの仕組み
(1)一般庶民の支持獲得ゲーム
このようにアメリカの政治は、今や“1%”の富裕層の間で、権謀術数を駆使して権力を自分の利益に都合よくコントロールしようと画策する権力ゲームに堕してしまっているようです。しかしこうした面だけを取り出すのであれば、それは近代以前の専制支配国家における、支配階級内部での権力闘争と何ら変わるところは無いでしょう。現代においてはもう少し複雑で、権力ゲームの構成要素として、実質的な支配階層に加えて広範な一般庶民もそこに加わってくることになります。それは“99%”の一般庶民が、生産を担うだけではなく消費の主軸をも担い、資本主義的経済循環を構成する主要な地位を占めているからなのでしょう。このために現代社会では、大半の国家で普通選挙制が実施され、主権は国民にあるという形式を取ることになるのです。
もちろん実際上の権力ゲームのプレーヤーは、実質的な支配階層に限られているのですが、一般庶民をいかにうまく抱き込んで自分たちの支持基盤を拡大していくかということも、現代では権力ゲームの重要な要素として入って来ることになります。そのために採られる手立てが、目先の庶民の気分やニーズに迎合するポピュリズムであり、またウィキーリークス等を用いた大規模なスキャンダル情報の暴露等によって、相手プレーヤーを追い落とす情報リークなのです。
(2)一般民衆の支持のせっしゅ窃取
トランプ大統領は、アメリカの有権者の過半を占める白人中下層の人々に熱狂的な支持基盤を持つが故に(少なくとも有権者の30~40%)、実質的な支配階層からすれば、トランプ大統領をうまく操ることによって、間接的に庶民階層の一定比率の支持を取り込んで、自分たちの権力ゲームを有利に展開させることが出来るのです。もちろんオバマ前大統領やヒラリー・クリントン民主党大統領候補を自分たちのふところ懐の中に取り込んだように、まずは特定の政党や政治家がリベラルで“99%”の味方をしているような体裁をつくり出し、こうした政治家に対する庶民階層の支持を生み出した上で、実質的にはそうした政党や政治家に影響力を行使して自分たちの利益になる政策を推進させるという、巧妙な方法を用いてのことではありますが。
それでは現代のように、権力に影響を及ぼすことの出来る勢力間での謀略の限りを尽くした権力争奪ゲームに加え、ポピュリズムや情報リークや傀儡政治家を用いて、いかに巧妙に一般大衆の支持をせっしゅ窃取して自分たちの権力ゲームを有利に進めるかということで、政治のすべてが尽くされるのでしょうか。どうもそうしたことは、政治の手法(テクニック)ではあっても、政治や統治の本質とは異なるようです。
4.本来の政治の取り戻しに向けて
さて政治を考えるうえで、もう1つ現代の状況から考慮に入れておかなければならないことがあります。それは政治における意思決定のプロセスの問題です。特に第二次安倍内閣以降の現在の日本の政治状況において、そのことが典型的に現れている現象です。例えば安保法制やテロ等準備罪の審議や法案成立の過程において、異なる観点から問題を多角的に捉えて、新しい局面を切り拓いていくような、価値創造的な政治的課題解決の道が全く放棄されてしまっている事態です。
ここで問題にしているのは、安倍政権の政策の良し悪しの問題ではありません。あくまでも立法化のプロセスの問題なのです。テロ等準備罪についても、本当にテロに対処し、その根源を断ち切っていくためにはどうすれば良いのか。その一方で社会統治の安定を維持するために、どうしても既に犯されてしまった犯罪を処罰するだけでなく、現行法制にも定められた未遂段階、予備段階での処罰のみならず、謀議を図った段階での処罰も必要であるとするなら、いったいどうすれば捜査機関の恣意的判断や密告等などによる冤罪検挙の恐れを断ち切り、本当に市民の自由を守り通すことが出来るのか。そういった相矛盾する困難な問題に対して、英知を結集して考え抜くことが出来た末に初めて、世界に先駆けて新しい時代を創造する価値を見出していくことが出来るのです。しかし現状では、与野党で噛み合わぬ議論を戦わせるままに所定の審議時間が経過すれば、多数決による採決の行われることが繰り返されています。
その結果私たちの国の抱える根本問題、例えば人口減少・少子高齢化問題、経済・所得の停滞(それによる財政悪化)状況、食料・エネルギーの安全保障等の問題は全く解決されずに先伸ばしされ、国家の衰退と緩やかな破滅への道を歩み続けてしまっているのです。こうした状況は実は日本に限ったことでは無く、今世界中が同様な状況にあって打つ手が見出せず、奈落の底へと沈みつつある時代に入ってきているようです。しかし非常に単純なことですが、本来政治というのは、こうして奈落に落ち込んでいくことを加速させるのではなく、新しい創造的な解決へと社会全体を導いていくことがその本来の目的であるはずです。
今回はいろいろと世界情勢がかまびす喧しく転回している状況の中で、これから私たちが社会統治と政治についてその最も本質的なところから考えていくために、まず私たちが、政治について現状どのようなイメージを描いているかについて、ポイントを整理してみました。今後私たちが、社会課題を本当に解決して新たな社会価値を創造していくことが出来るような政治の原理を明らかにし、現状私たちが抱いている屈折した政治イメージを相対化して、新たなしかし本来当たり前の政治像を取り戻して共有出来るようにしていってみたいと思います。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、5月22日の月曜日18時から、渋谷区本町ホームシアターで行います。お時間許す方はご参加下さい。またその次の5月29日は、月末ですのでホームシアターサークルの活動を行います。課題映画は、遠藤周作原作、熊井啓監督の『海と毒薬』の予定です。ご興味ある方はご参加下さい。
P.S. 現在パンセ通信は、No.136まで校正・加筆したものをパンセ・ドゥ・高野山のホームページにアップしております。ご興味のある方は、以下のサイトをご覧下さい。
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1.現在の政治状況と政治の原理
トランプ大統領の政権運営や北朝鮮問題、またヨーロッパにおける排他的なポピュリズムが台頭する一方で、着実に気候変動や難民飢餓問題が深刻化する等、世界が揺れ動いています。日本においても、テロ等準備罪(共謀罪)や憲法改正問題等における空虚化した国会審議の傍らで、森友・加計学園問題、豊洲移転問題のなどの疑惑がマスコミで取沙汰され、何ら実質的な対応がなされないままに経済・社会危機が深化しつつあります。
パンセ通信ではこうした状況の中で、もう1度人間の本質から考え、私たちがどういう生き方をすれば良いか、またどのように他者と関われば良いか、そして社会や経済の仕組みはどうあれば良いのかについて、原理的なところから検討を積み重ねております。すでに人間の原理については整理を行い、前回より関係世界の原理に踏み込み、今後社会の原理、とりわけ社会を1つにまとめていく政治・統治の原理について考えていこうとしております。
今回は、これからもっとも原理的なところから政治・統治の原理を考えていくに先立って、現在の私たちが政治をどのようなものとして捉えているのか、最近の政治状況を踏まえてそのイメージを整理しておきたいと思います。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、5月22日の月曜日18時から、渋谷区本町ホームシアターで行います。またその次の5月29日は、月末ですのでホームシアターサークルの活動を予定しています。課題映画は、遠藤周作原作、熊井啓監督の『海と毒薬』です。熊井啓監督は、人生の汚点や自国の歴史の暗黒面に向き合うことが、いったいどういう意味を持つかということについて一貫して問い続けてこられた監督で、この映画でベルリン映画祭の銀熊賞(グランプリ)を受賞しています。(5/22は、ひょっとして途中で会場を近隣に移動する可能性もございますので、お越しになられる方は、ホームシアターが閉まっているようであれば、白鳥に確認の電話をお願い致します。)
2.政治とは権力を巡っての権謀術数か?
(1)トランプ政権の変質
さて現在、トランプ大統領がFBIのコミー長官を解任した件で、アメリカは上を下への大騒ぎとなり、世界中のメディアを賑わせています。トランプ大統領は、2月にマイケル・フリン国家安全保障担当大統領補佐官を、就任前にロシア駐米大使と接触した件で辞任させ、4月にはスティーブン・バノン大統領上級顧問兼主席戦略官を、国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーから外しました。そしてトランプ政権は、共和党内保守派の重鎮マイク・ペンス副大統領、軍部出身のジェームズ・マティス国防長官、石油メジャーエクソンモービルの経営者であったレックス・ティラーソン国務長官などの実務派を中心に、手堅い政権運営に移行するかと思われていました。その矢先に、今回の解任劇が起こったのです。
ところでトランプ政権は、言わば1%の富裕層による見えない社会支配に対する、99%の庶民層の反逆によって誕生した政権です。そしてその真骨頂は、これまでの政策や政治スタイルを抜本的に改革することにありました。しかしトランプ大統領の政権チームの主軸が、ペンス副大統領等のグループに移ったということは、トランプ政権の目的が、もはや改革ゲームを推進することから変質し、既存の政治支配層との妥協を図って、権力維持ゲームにまいしん邁進することへと切り替わったものと大枠では捉えて間違い無いでしょう。
実際にバノン主席戦略官がNSCを解任された翌日に、シリアへのミサイル攻撃が行われ、引き続き北朝鮮への強硬ないかく威嚇措置が展開され始めました。これはトランプ大統領の選挙公約であるアメリカ回帰政策に反するものであり、しかしアメリカの支配勢力の1つであるネオコン・軍産複合体(グローバル・ミリタリー・マフィア)を十分に満足させるものです。またトランプ大統領の1兆ドルのインフラ投資や大幅減税、金融規制緩和は、アメリカのビジネスセクターや金融セクター(グローバル金融マフアイア)の要望をも充たすものです。こんな政策をとれば、アメリカ経済が無茶苦茶になることでしょうけれども、その責任についても、トリックスター的要素を持つトランプ大統領に担わせれば良いのであって、既存の支配層の側としても、トランプ大統領をてい体の良い操り人形として利用価値を見出し、最後はスケープゴードに仕立て上げる道を選択したものと思われます。
(2)FBI長官解任の背景
ところがそのトランプ大統領が、FBIのジェームズ・コミー長官を突然解任したのです。その理由の真相は定かではありませんが、ロシアによる大統領選挙への介入疑惑に対するFBIの捜査を妨害するため、という論調が今後ますます強まってくることでしょう。そしてこの状況は、ニクソン大統領がウォーターゲート事件を捜査するコックス特別検察官を解任(土曜日の夜の虐殺)した事件と同様の出来事と見なされ、その論理的帰結は、通常ではトランプ大統領の弾劾へと結びついていく事態となっていくのです。
しかしいくらトランプ大統領が、幼児的でエキセントリックな性格を持つとは言え、自己への追及を逃れるために、このような誰が見てもかえ却って疑惑と反感を深めるような決断を、個人のせつなてき刹那的な判断で行えるものなのでしょうか。常識的に考えれば、信頼できる政権スタッフのよく練り上げられた助言に基づいてなされた判断と考えるのが妥当でしょう。では何故そのような助言が与えられたのでしょうか。考えられる理由は2つです。1つは将棋の最年少プロ棋士で、デビュー以来18連勝を続ける藤井聡太4段の繰り出す一手のように、凡人には判らないトランプ政権にとっての起死回生の策が秘められているということです。もう1つは、トランプ政権を支持したり利用しようとした勢力の一部が、トランプ大統領をついに見限ったということです。そのために、あえてトランプ大統領に弾劾へとつながる疑問手を打たせるに至ったのです。真偽のほどは判りませんが、やがて事態の推移が何が本当であったかを明らかにしていくことでしょう。
(3)政治を背後で操る勢力
このように政治というのは、一般人には見えないところで、権力への影響力を行使できる者たちの間において、謀略の限りを尽くされて展開されるものであるように見受けられます。そもそも今回解任されたFBIのコミー長官も、どうにも不可解な行動を取った人物です。昨年7月に、ヒラリー・クリントン民主党大統領候補の国務長官時代の私用メール問題を、一旦不起訴にしておきながら大統領選挙直前に再捜査に転じることを報じ、しかしその後すぐに再び訴追を見送り、大統領選挙に重大な影響を与えたのです。そしてトランプ大統領に対しては、トランプ大統領の申し立てるオバマ前大統領によるトランプタワー盗聴疑惑を一蹴し、トランプ陣営と通じていたかもしれないロシアによる大統領選挙介入疑惑の捜査を推進しました。(一説によるとトランプタワー盗聴疑惑は、コミー長官がトランプ大統領に忠誠を誓うかどうかの踏み絵だったと言われています)。こうしたコミー長官による不可解な行動は、トランプ大統領の指摘するように信用のおけない人間だからとった行動だったのでしょうか。これも個人的な資質の問題というよりは、大きな力が働いてのことだったのであろうと推察されます。そもそもヒラリー・クリントン元国務長官は、何故私用メールを用いて重要情報をやり取りしたのでしょうか。それは何らかの理由で、公務のメールでは(情報が政府機関に筒抜けになるので)やりとり出来ないなんらかの機密事項を、どうしても扱う必要があったからなのでしょう。
それではクリントン氏の私用メールでやりとりされていた機密事項とはいったい何だったのでしょうか。また誰がどんな目的で、コミーFBI長官に圧力をかけたのでしょうか。そしてトランプ大統領を見限って、弾劾への道を踏み出せたのは一体どんな勢力なのでしょうか。しかしそうしたことについては、あれこれ詮索や裏情報の収集の好きな専門家にまかせることにして、パンセ通信で考えたいのは、私たちはこうした権力を巡っての画策が、“政治”だと思ってしまう傾向にあるということです。しかし果たしてそれだけが“政治”なのでしょうか。
3.現代の政治ゲームの仕組み
(1)一般庶民の支持獲得ゲーム
このようにアメリカの政治は、今や“1%”の富裕層の間で、権謀術数を駆使して権力を自分の利益に都合よくコントロールしようと画策する権力ゲームに堕してしまっているようです。しかしこうした面だけを取り出すのであれば、それは近代以前の専制支配国家における、支配階級内部での権力闘争と何ら変わるところは無いでしょう。現代においてはもう少し複雑で、権力ゲームの構成要素として、実質的な支配階層に加えて広範な一般庶民もそこに加わってくることになります。それは“99%”の一般庶民が、生産を担うだけではなく消費の主軸をも担い、資本主義的経済循環を構成する主要な地位を占めているからなのでしょう。このために現代社会では、大半の国家で普通選挙制が実施され、主権は国民にあるという形式を取ることになるのです。
もちろん実際上の権力ゲームのプレーヤーは、実質的な支配階層に限られているのですが、一般庶民をいかにうまく抱き込んで自分たちの支持基盤を拡大していくかということも、現代では権力ゲームの重要な要素として入って来ることになります。そのために採られる手立てが、目先の庶民の気分やニーズに迎合するポピュリズムであり、またウィキーリークス等を用いた大規模なスキャンダル情報の暴露等によって、相手プレーヤーを追い落とす情報リークなのです。
(2)一般民衆の支持のせっしゅ窃取
トランプ大統領は、アメリカの有権者の過半を占める白人中下層の人々に熱狂的な支持基盤を持つが故に(少なくとも有権者の30~40%)、実質的な支配階層からすれば、トランプ大統領をうまく操ることによって、間接的に庶民階層の一定比率の支持を取り込んで、自分たちの権力ゲームを有利に展開させることが出来るのです。もちろんオバマ前大統領やヒラリー・クリントン民主党大統領候補を自分たちのふところ懐の中に取り込んだように、まずは特定の政党や政治家がリベラルで“99%”の味方をしているような体裁をつくり出し、こうした政治家に対する庶民階層の支持を生み出した上で、実質的にはそうした政党や政治家に影響力を行使して自分たちの利益になる政策を推進させるという、巧妙な方法を用いてのことではありますが。
それでは現代のように、権力に影響を及ぼすことの出来る勢力間での謀略の限りを尽くした権力争奪ゲームに加え、ポピュリズムや情報リークや傀儡政治家を用いて、いかに巧妙に一般大衆の支持をせっしゅ窃取して自分たちの権力ゲームを有利に進めるかということで、政治のすべてが尽くされるのでしょうか。どうもそうしたことは、政治の手法(テクニック)ではあっても、政治や統治の本質とは異なるようです。
4.本来の政治の取り戻しに向けて
さて政治を考えるうえで、もう1つ現代の状況から考慮に入れておかなければならないことがあります。それは政治における意思決定のプロセスの問題です。特に第二次安倍内閣以降の現在の日本の政治状況において、そのことが典型的に現れている現象です。例えば安保法制やテロ等準備罪の審議や法案成立の過程において、異なる観点から問題を多角的に捉えて、新しい局面を切り拓いていくような、価値創造的な政治的課題解決の道が全く放棄されてしまっている事態です。
ここで問題にしているのは、安倍政権の政策の良し悪しの問題ではありません。あくまでも立法化のプロセスの問題なのです。テロ等準備罪についても、本当にテロに対処し、その根源を断ち切っていくためにはどうすれば良いのか。その一方で社会統治の安定を維持するために、どうしても既に犯されてしまった犯罪を処罰するだけでなく、現行法制にも定められた未遂段階、予備段階での処罰のみならず、謀議を図った段階での処罰も必要であるとするなら、いったいどうすれば捜査機関の恣意的判断や密告等などによる冤罪検挙の恐れを断ち切り、本当に市民の自由を守り通すことが出来るのか。そういった相矛盾する困難な問題に対して、英知を結集して考え抜くことが出来た末に初めて、世界に先駆けて新しい時代を創造する価値を見出していくことが出来るのです。しかし現状では、与野党で噛み合わぬ議論を戦わせるままに所定の審議時間が経過すれば、多数決による採決の行われることが繰り返されています。
その結果私たちの国の抱える根本問題、例えば人口減少・少子高齢化問題、経済・所得の停滞(それによる財政悪化)状況、食料・エネルギーの安全保障等の問題は全く解決されずに先伸ばしされ、国家の衰退と緩やかな破滅への道を歩み続けてしまっているのです。こうした状況は実は日本に限ったことでは無く、今世界中が同様な状況にあって打つ手が見出せず、奈落の底へと沈みつつある時代に入ってきているようです。しかし非常に単純なことですが、本来政治というのは、こうして奈落に落ち込んでいくことを加速させるのではなく、新しい創造的な解決へと社会全体を導いていくことがその本来の目的であるはずです。
今回はいろいろと世界情勢がかまびす喧しく転回している状況の中で、これから私たちが社会統治と政治についてその最も本質的なところから考えていくために、まず私たちが、政治について現状どのようなイメージを描いているかについて、ポイントを整理してみました。今後私たちが、社会課題を本当に解決して新たな社会価値を創造していくことが出来るような政治の原理を明らかにし、現状私たちが抱いている屈折した政治イメージを相対化して、新たなしかし本来当たり前の政治像を取り戻して共有出来るようにしていってみたいと思います。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、5月22日の月曜日18時から、渋谷区本町ホームシアターで行います。お時間許す方はご参加下さい。またその次の5月29日は、月末ですのでホームシアターサークルの活動を行います。課題映画は、遠藤周作原作、熊井啓監督の『海と毒薬』の予定です。ご興味ある方はご参加下さい。
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