■2017.7.8パンセ通信No.144『人間と自然に対する共生欲望が優位となる原始共同体社会』
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1.人間の生の目的と存在構造
他者との比較で自己意識(自分は自分だという意識)を明確化し、その明確になった自己意識で、様々なものが関わって事象が織り成す世界を捉えられるようになった私たち人間は、その中から自分の生存にとって有用(意味あるもの、価値あるもの)なモノや事象や関係を意識に映し出して生きています。また自分自身をも対象として捉え、自分の経験から他者の状況を察して、共感する能力をも高めていきました。こうしてお互い同士を配慮(思いやる)しあう親密さの絆で群れを統合することが出来るようになった私たちの先人たちは、そこから生まれる信頼と、また自他を明確に区別して全体の関係性をも把握する高度な自己意識の能力から、役割を分担し、自発的に相互協力する力をも高めていったのです。その結果人間は、自分たちの群れを、役割を分担して作業を行い、食料や生活資材を共同で生産し、生産物についてルールを定めて公平に分配して消費する、経済単位でもある協働共生体へと飛躍させていくことが出来たのです。
このように自己意識を明確化し、協働共生体をつくって生きるようになった人間は、生の目的も、種としての遺伝子の存続や個体としての生存といった身体的なものから、諸関係を意識で捉えて、自分と全体の両方を調和させて生かすことを求める、意識(自我)的なものへと変質していきます。そしてまたその存在の構造も、他の生物のような利己的な生存活動が、生態系によって意図せざる内に全体調和されるようなものから、自己と全体の利害の矛盾を意識することによって、その葛藤を発展の原動力へと変えていくものへと変容していったのです。その詳細は前回のパンセ通信で取り上げましたが、今回からは、この人間特有の生の目的(欲望)と存在構造との相関で、人間の共同体や社会がどのような仕組みを生み出し、どう変化発展し、今どこに向かっているのかを考えていってみたいと思います。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、7月10日の月曜日18時から行います。場所は渋谷区本町の本町ホームシアターです。
2.欲望調整と社会の仕組み
(1)協働共生体への進化
各人が明確な自己意識を持ちながら、相互依存と相互支援の密接な関係性を高めて形づくった協働共生体は、当然のことながら人間にとって生存に不可欠なものとなります。そして次第に私たちの意識の根底で、自分と共同体が不可分一体のもとして捉えられるようになってくるのです。そのために人間は、自己欲望と共同体を維持して共生するという、2つの相反する欲望を抱く矛盾した存在となりました。この存在構造の矛盾から、人間は生の目的として、自己利益(価値)の欲望と共生の欲望、そしてこの2つの欲望を調停(しよう止揚)する欲望として、相互価値実現の欲望を本質的に抱くようになるのです。
このように人間は、自己欲望と共生欲望の矛盾に葛藤する存在であるが故に、その葛藤を解決するために新しい価値を生み出そうと苦闘します。そしてその苦闘が、自己成長と社会(共同体)発展の原動力となっていくのです。さらに人間は、目先の欲望を抑えてより大きな共通の欲望を協力して実現するために、禁止事項を定めてこれを全員で守るといったように、ルール(掟・法)を設定できる存在でもあります。こうして私たちの先人たちは、目先の欲望に由来する気ままな行いを抑制して、連携して作業を行えるようになったからこそ、群れを協働共生体へと進化させることが出来、また掟(禁止)を定めることで、その協働共生体を安定的に維持することが出来るようになったのです。
(2)人間の欲望と社会の構造
このように関係世界を意識で捉えて、自己利益(価値)実現の欲望、共生の欲望、相互価値実現の欲望という3つの生の目的を抱くようになった人間は、またその存在の本質的なありよう様として、自己欲望と共生欲望が葛藤し、それ故に成長と発展の原理を手にし、また禁止を守ることでルールを設定することで、様々な仕組みの協働と共生の関係体(社会)をつくるようになっていきました。この3つの人間的欲望を、人間存在の3つの本質的構造からどのように調整(制御)して関係社会をつくっていったのか。そのことについて歴史を辿りながら見ていき、現代の課題を考えていってみたいと思います。
例えば自己欲望と共生欲望の調整がうまく行えず、人々が全体の利害を考慮せずに自己利益にのみ走るようになったとしたら、共同体(社会)は解体します。人間的な共生の仕組みが解体すれば、群れから離れて一人で生きようとする者はやがて死に絶え(人間は1人で生きるように進化してきていません)、残った者たちは自己利益を求めて戦い、勝った者が負けた者を従えて、結局サルのような強弱の関係序列の群れに生きることになります。
一方共生の欲望が重視されて自己欲望を抑え込むとしたなら、人間の生の目標は共同体の維持というただ1つに統一されねばならず、自己価値を圧殺して価値観も1つに統一されることになるでしょう。そこに生まれるのは、個人がただ共同体のためにのみ存在するアリやハチのような社会となります。(実際に人間は、ごく近年にも全体主義という体制で、こういった社会の仕組みを選択した歴史があります)。そしてこの時、価値観の多様性や自己利益と共生を求めることの葛藤も失われますから、人間と社会の成長と発展の原理も無くなってしまうことになるのです。
つまり関係性を意識化する中で形成される人間的欲望を、うまく調整することが出来なければ、人間の存在や生の求め自体が、動物や生物一般の次元にまで後退してしまうことになるのです。それではこの人間的欲望を、私たちの先人たちはどのような仕組みを用いて調整していったのでしょうか。それをまず狩猟採取で生活した原始共同体の社会から見ていきたいと思います。
3.狩猟採取社会の基本構造
(1)協働共生体あるいは原始共同体の成立
狩猟採取社会というのは、自然に自生する動植物を、人間が狩猟採取して食料や生活資材として利用して暮らしていく社会のことです。もちろん群れ(人間の集団)の各自がバラバラに狩猟採取するのではなく、メンバーが役割分担して共同で作業を行い、収穫物を平等に分配して消費する、協働共生体という経済単位が群において確立して以降の社会のことで、200万年ぐらい前にまで遡るものと考えられています。道具としては石器(旧石器・打製石器)が使用されるという技術革新がありましたが、道具が継続的につくられて使用されるようになるためには、群れから共同体への移行のような、協働作業による文化の共有や原初的な言語コミュケーションの成立と不可分の関係があったものと思われます。
こうした社会において、動物的な群れから関係性を進化させてきた人間が、集団で生活する仕組みとして成立させたのが原始共同体です。原始共同体を経済的機能の側面から捉えると、協働共生体という仕組みになります。役割分担して作業を行い、食料の獲得や生活資材の生産を共同で(連携して)行い、その生産物についてルールを定めて公平に分配し、消費することで生存と生活を賄っていく仕組みです。人間は初めて食料や生活資材の獲得を共同で行い、それにつれて分配の仕組みも編み出して消費するという、他の動物には無い“経済活動”を行うようになったのです。しかし人間の生活は経済活動の領域に限られるものではありません。個人の趣味的あるいは嗜好的な生活もあれば家族の生活もあるでしょう。皆で一緒に楽しんだり、祭りや祭司儀礼を執り行うという文化的な面もあります。また部族としての方針を定める政治的な活動もあるでしょう。こうした経済活動を含めた人間の生活の総体という側面から、狩猟採取社会において織り成される人間の関係世界を捉えた場合に、それは原始共同体ということになるのです。
(2)共生欲望の優位
原始共同体と協働共生体は、狩猟採取社会における人間の関係集団を、人間活動の総体という側面から見るか経済活動という側面から見るかの違いで、集団としては同じものです。ところでこの時代の人間にとって、最も重要なものとして意識されたのは次の2つです。1つは協働共生体という人間関係の経済的仕組みです。生存に不可欠な生活資材を、安定的にかつ個別でつくるよりも豊かに生み出すことが出来るからです。もう1つは自然の生態系循環です。それは生きるために必要な食料や資源を、根源的に提供し続けてくれるものだからです。協働共生体と原始共同体は集団としては同じものですから、結局この社会の人間は、原始共同体を最も大切なものとして意識し、共生欲望が自己欲望よりもはるかに強いものとなるのです。
共生欲望が自己欲望よりも強くなることについては、3つの理由があります。1つはこの段階では、自己欲望が未成熟だったからです。自己の利益や所有の拡大、存在価値の確認の欲望が強まるためには、個人が他者からの侵害や脅威にさら晒されて、自己の存在が不安に陥れられ、また実際に苦悩を体験する必要があります。それは農耕牧畜が始まって、人間が余剰生産物を手にするようになって後に初めて起こったことです。まだこの段階では、そうした状況が生じていません。2つ目の理由は、協働共生体と自然の生態系循環を守りつつも、人間がそれなりに満足して生きることのできる文化的枠組みを、この社会が見事に備えていたからでしょう。それ故にこの社会の形態が、200万年もの長きにわた亘って続くことが出来たものと思われます。
第3はこの社会が、人間同士と自然との関りにおいて、直接的な次元に留まっていたからでしょう。この後人間は、原始共同体(部族)間の交易や婚姻、そして戦い等を通じて、直接的な人間集団がいくつか集まって社会をつくるといったような、間接的な人間関係を発展させていきます。現在に至っては、無数の人間の依存と支援の関係は、もはや私たちの目に見えないものとなっています。そして私たちは、一人自助努力で生きるように社会に放り出されて暮らしているように感じ、共生関係を実感することが出来なくなっています。また都市的ライフスタイルに暮らす人々には、自然の生態系の恵みも実感することができません。それに対して、直接的に接することの出来る人間の範囲で協働共生体をつくり、自然とも直接関わって生きた狩猟採取社会の人々にとっては、他者や自然との共生の関係が実感をもって意識され、共同体も自分の存在と1つになって意識されたことでしょう。
4.原始共同体における生産力拡大の営み
(1)原始共同体の機能
それでは狩猟採取の原始共同体において、人間が安定的に、しかも少しでも充たされて生きていくために、私たちの先人たちはどのような取り組みを行い、また仕組みをつくり上げていったのでしょうか。1つは協働共生体を守り、さらに発展させるための取り組みが強く意識されたものと思われます。そしてまた自然の生態系循環を守り、さらに大きな恵みを得ていく取り組みも意識されたことでしょう。そのためには一方で共生の欲望を育み、恣意的な自己欲望を抑える仕組みが必要になってきます。さらに人間である以上当然抱くことになる、個人的な趣味や嗜好の欲望、性的なものを含めた快楽や享楽の欲望、休息やリフレッシュの欲求、そして自己価値を求める欲望等も充たして、不満を抑えつつ生の充足感も得られていくようにしていかなければならなかったでしょう。
こうしたニーズを充たす仕組みをいかに組み上げて、当時の人々が原始共同体という人間が共生し、より良く生きる関係性(社会)を築き上げていったのかを、以降に順を追って見ていきたいと思います。
(2)協働による産物の獲得
人間が動物の群れから飛躍するために最も重要な役割を演じたのは、共同で連携して狩りを行ったり、自然の産物を採取するようになったことです。なぜそうしたことが出来るようになったのでしょうか。それは第1に人間が、自己意識(他者と異なる自分)を発達させて、蓄積した自分の経験の記憶から生存にとって意味と価値あるものを取り出せるようになり、現前の事象から、空間的に連なる存在や時間的に前後する事象を、類推して想定することが出来るようになったからでしょう。そして第2に、自分の経験からの類推で、他者の感情や意図を推察することが出来るようになったからです。そして第3に、目先の自分の気ままな欲望を抑えて(禁止)、他者と協力(労働)すれば、はるかに大きな成果が得られることを想定できるようになったからでもあります。協働の始まりは、偶然の協力によって得られた大きな成果だったかもしれません。
こうして人間は、自分と他者が協力して役割を分担し、連携して作業を行うことで、より大きな産物の得られることを思い描けるようになり、それを各人の求めとすることが出来るようになっていったのです。そして意識を持つ動物の生の原理として、より有利に生きようとする求めが機能し、この協働の生産の仕組みをより効果の高いものとしていこうとしたのです。
(3)協働生産の発展
協働による生産の効果を高めていくための第1の取り組みが、コミュケーションの高度化です。連携して作業を行うために、お互い同士の位置関係や行動を指図し合わなければなりません。また獲物や果実や木の実などの情報を伝達し合うことも求められてきます。こうした必要から言語が発達することになったのでしょう。もちろん本格的な言語コミュニケーションの展開は、細かな発声機能を身体的に備えるようになった、現生人類であるホモ・サピエンス(ただしネアンデルタール人の発話機能は、十分なものではありませんでした)以降のことではあるのでしょうけど、それまでも様々な発声や歌(メロディー)などで、コミュニケーションの機能を高めていったものと思われます。
第2の取り組みは、道具の使用とその開発および改良です。コミュニケーションの必要が高まると、伝えようとする個々の具体的なモノや事象や関係性を概念化する必要も高まり、それらを記号によって象徴化して表現しようとします。こうして生きるために有用な知恵を、記号や言葉によって伝え、また保持し、さらに増やしていくことが出来るようなったのです。こうした知恵(ノウハウ)を生み出すプロセスが、また人々のノウハウを集約して継承することにも役立ち、道具を生み出していったものと思われます。狩猟や採取に役立つ石器のみならず、木のつる蔓や皮でつくったカゴや水を入れるひょうたん瓢箪どの運搬のための道具も、人間の連携作業による生産力を高めるために大きく役立ったものと思われます。
第3の取り組みは、分業の進展による生産力の拡大です。コミュニケーションの力が高まると、より細かな役割分担や高度な連携作業が行えるようになり、生産性は高まります。また意識的な嗜好や身体的な差異のある個々人が、それぞれ得意な作業を行うことにより、生産性をさらに高めることが出来るようになっていきます。こうして得られた高い生産力によって、共同体の全員が働かなくても生活していける状況が生まれ、呪術師(医者や薬剤師を兼ねる)などの非生産者の存在が可能となり、優れた技を持つ者への道具や装飾品の製作の集中なども生じていったことでしょう。そして協働労働(生産)を直接的には担わない、“子供”や“老人”の存在が可能となったのです。“子供”は大人同様の共同した生産労働に従事するまでに、長い期間をかけて養育されます。また“老人”は、労働の負荷を軽減されて、知恵やおきて掟の継承をつかさど司って共同体の保持を担うようになっていきます。このように乳幼児期を経た後も、協働作業や共同体の秩序が守れるようになるまで育成される“子供期間”と、直接的な生産活動からリタイアする“老人期間”を持つのは人間だけです。こうして分業を進展させることによって、人間は協働作業による生産性をより一層高め、また子供を育てるための協力と老人の役割によって、原始共同体の統合の質も高めていったのです。
(4)自然の恵みを得る知識
ところで生活に必要な食料や資材の調達などの生産能力を高めていくためには、協働生産の仕組みを向上させていくばかりでなく、自然の産物(恵み)そのものに対する知識を増やし、また自然と関わる技術も向上させていく必要があります。例えば第1に、獲物である動物や果実などが、いつ、どこで、どのようにすれば最も効率よく採取できるかについての知識が必要になってきます。そのためには、動物や植物の生態についての知識も必要となってきます。第2には危険を察知する知識も不可欠です。動物や植物の中には、危険な猛獣や毒を有するものも少なくありません。そうしたものを見分ける能力と接し方についての知識も必要となってくるのです。また気候や気象についての知識も、生活や生死を左右していきます。
第3には自然の生態循環を妨げないための知恵です。多くを採り過ぎたり、子を宿した雌など生態循環の支障となるような採取を行ってしまえば、以降の恵みを失ってしまうことになります。そして第4には、自然の生態系そのものを知り尽くして、生態循環から得られる恵みの量を増やしていく知恵と取り組みです。それは狩猟採取社会でも後期のことになるでしょうが、例えば縄文時代の人々は、生態系のシステム(エコシステム)を高度に活用した植生分布や動物分布の改良を施し、農耕牧畜経済への移行を不要とするほどまでに豊かな生産力を手にしていったのです。
こうした自然の生態循環の恵みを、尽きることなく手にしていくための知恵は、言語の発達につれて可能となっていったものと思われます。言葉は概念のシンボルであり、そのシンボルに先人たちの知恵を積み重ね、さらに新しい発見を増し加えて、他人にも後世にも伝えていくことも出来るからです。また共同体のメンバーの個性は様々で、中には人間関係への気遣いよりも、自然の変化への気づきや他の生物と交流する能力に長けた者も存在します。こうした者たちが、自然への知識を増す先兵になっていったものと思われます。(残念ながらこうした人々は、都市的ライフスタイルが中心となる現在では、発達障害や精神障害と分類されてしまっていることも多いようですが)。さらに古老たちが、自然との関わりの知識を受け継ぎ、蓄え、受け渡すための中心的な役割を果たしていったことでしょう。
5.協働生産を維持する仕組みについて
さて狩猟採取時代の原始共同体について、まず人々の関心の中心であった、食料や生活資材を安定的に生産しまた増やしていく仕組みとしての、協働生産と、生態循環から継続的に自然の恵みを得る仕組みについて、今回は見てきました。しかし生産を行っていくためには、それを維持して壊さないための仕組みも必要となってきます。それが生産物の分配の仕組みであり、消費に対する姿勢の問題です。さらにこの時代の経済活動を維持するために、共生の欲望を優位に保ち続け、自己欲望を抑制する仕組みも必要となってきます。なおかつ人間が自己意識を持つ以上、必然的に生じてくる個人的な充足感を求める欲望も、充たしていかなければなりません。そのために私たちの先人たちは、どのようなシステムを原始共同体に織り込んでいったのか。次回はそれについて見ていき、現代の私たちの暮らしの仕組みと比べて、学び取れるものを取り出していってみたいと思います。
なお、なお次回のパンセの集いの勉強会は、7月10日月曜日の18時から行います。場所は渋谷区本町の本町ホームシアターです。お時間許す方はご参加下さい。
P.S. 現在パンセ通信は、No.142まで校正・加筆したものをパンセ・ドゥ・高野山のホームページにアップしております。ご興味のある方は、以下のサイトをご覧下さい。
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1.人間の生の目的と存在構造
他者との比較で自己意識(自分は自分だという意識)を明確化し、その明確になった自己意識で、様々なものが関わって事象が織り成す世界を捉えられるようになった私たち人間は、その中から自分の生存にとって有用(意味あるもの、価値あるもの)なモノや事象や関係を意識に映し出して生きています。また自分自身をも対象として捉え、自分の経験から他者の状況を察して、共感する能力をも高めていきました。こうしてお互い同士を配慮(思いやる)しあう親密さの絆で群れを統合することが出来るようになった私たちの先人たちは、そこから生まれる信頼と、また自他を明確に区別して全体の関係性をも把握する高度な自己意識の能力から、役割を分担し、自発的に相互協力する力をも高めていったのです。その結果人間は、自分たちの群れを、役割を分担して作業を行い、食料や生活資材を共同で生産し、生産物についてルールを定めて公平に分配して消費する、経済単位でもある協働共生体へと飛躍させていくことが出来たのです。
このように自己意識を明確化し、協働共生体をつくって生きるようになった人間は、生の目的も、種としての遺伝子の存続や個体としての生存といった身体的なものから、諸関係を意識で捉えて、自分と全体の両方を調和させて生かすことを求める、意識(自我)的なものへと変質していきます。そしてまたその存在の構造も、他の生物のような利己的な生存活動が、生態系によって意図せざる内に全体調和されるようなものから、自己と全体の利害の矛盾を意識することによって、その葛藤を発展の原動力へと変えていくものへと変容していったのです。その詳細は前回のパンセ通信で取り上げましたが、今回からは、この人間特有の生の目的(欲望)と存在構造との相関で、人間の共同体や社会がどのような仕組みを生み出し、どう変化発展し、今どこに向かっているのかを考えていってみたいと思います。
なお次回のパンセの集いの勉強会は、7月10日の月曜日18時から行います。場所は渋谷区本町の本町ホームシアターです。
2.欲望調整と社会の仕組み
(1)協働共生体への進化
各人が明確な自己意識を持ちながら、相互依存と相互支援の密接な関係性を高めて形づくった協働共生体は、当然のことながら人間にとって生存に不可欠なものとなります。そして次第に私たちの意識の根底で、自分と共同体が不可分一体のもとして捉えられるようになってくるのです。そのために人間は、自己欲望と共同体を維持して共生するという、2つの相反する欲望を抱く矛盾した存在となりました。この存在構造の矛盾から、人間は生の目的として、自己利益(価値)の欲望と共生の欲望、そしてこの2つの欲望を調停(しよう止揚)する欲望として、相互価値実現の欲望を本質的に抱くようになるのです。
このように人間は、自己欲望と共生欲望の矛盾に葛藤する存在であるが故に、その葛藤を解決するために新しい価値を生み出そうと苦闘します。そしてその苦闘が、自己成長と社会(共同体)発展の原動力となっていくのです。さらに人間は、目先の欲望を抑えてより大きな共通の欲望を協力して実現するために、禁止事項を定めてこれを全員で守るといったように、ルール(掟・法)を設定できる存在でもあります。こうして私たちの先人たちは、目先の欲望に由来する気ままな行いを抑制して、連携して作業を行えるようになったからこそ、群れを協働共生体へと進化させることが出来、また掟(禁止)を定めることで、その協働共生体を安定的に維持することが出来るようになったのです。
(2)人間の欲望と社会の構造
このように関係世界を意識で捉えて、自己利益(価値)実現の欲望、共生の欲望、相互価値実現の欲望という3つの生の目的を抱くようになった人間は、またその存在の本質的なありよう様として、自己欲望と共生欲望が葛藤し、それ故に成長と発展の原理を手にし、また禁止を守ることでルールを設定することで、様々な仕組みの協働と共生の関係体(社会)をつくるようになっていきました。この3つの人間的欲望を、人間存在の3つの本質的構造からどのように調整(制御)して関係社会をつくっていったのか。そのことについて歴史を辿りながら見ていき、現代の課題を考えていってみたいと思います。
例えば自己欲望と共生欲望の調整がうまく行えず、人々が全体の利害を考慮せずに自己利益にのみ走るようになったとしたら、共同体(社会)は解体します。人間的な共生の仕組みが解体すれば、群れから離れて一人で生きようとする者はやがて死に絶え(人間は1人で生きるように進化してきていません)、残った者たちは自己利益を求めて戦い、勝った者が負けた者を従えて、結局サルのような強弱の関係序列の群れに生きることになります。
一方共生の欲望が重視されて自己欲望を抑え込むとしたなら、人間の生の目標は共同体の維持というただ1つに統一されねばならず、自己価値を圧殺して価値観も1つに統一されることになるでしょう。そこに生まれるのは、個人がただ共同体のためにのみ存在するアリやハチのような社会となります。(実際に人間は、ごく近年にも全体主義という体制で、こういった社会の仕組みを選択した歴史があります)。そしてこの時、価値観の多様性や自己利益と共生を求めることの葛藤も失われますから、人間と社会の成長と発展の原理も無くなってしまうことになるのです。
つまり関係性を意識化する中で形成される人間的欲望を、うまく調整することが出来なければ、人間の存在や生の求め自体が、動物や生物一般の次元にまで後退してしまうことになるのです。それではこの人間的欲望を、私たちの先人たちはどのような仕組みを用いて調整していったのでしょうか。それをまず狩猟採取で生活した原始共同体の社会から見ていきたいと思います。
3.狩猟採取社会の基本構造
(1)協働共生体あるいは原始共同体の成立
狩猟採取社会というのは、自然に自生する動植物を、人間が狩猟採取して食料や生活資材として利用して暮らしていく社会のことです。もちろん群れ(人間の集団)の各自がバラバラに狩猟採取するのではなく、メンバーが役割分担して共同で作業を行い、収穫物を平等に分配して消費する、協働共生体という経済単位が群において確立して以降の社会のことで、200万年ぐらい前にまで遡るものと考えられています。道具としては石器(旧石器・打製石器)が使用されるという技術革新がありましたが、道具が継続的につくられて使用されるようになるためには、群れから共同体への移行のような、協働作業による文化の共有や原初的な言語コミュケーションの成立と不可分の関係があったものと思われます。
こうした社会において、動物的な群れから関係性を進化させてきた人間が、集団で生活する仕組みとして成立させたのが原始共同体です。原始共同体を経済的機能の側面から捉えると、協働共生体という仕組みになります。役割分担して作業を行い、食料の獲得や生活資材の生産を共同で(連携して)行い、その生産物についてルールを定めて公平に分配し、消費することで生存と生活を賄っていく仕組みです。人間は初めて食料や生活資材の獲得を共同で行い、それにつれて分配の仕組みも編み出して消費するという、他の動物には無い“経済活動”を行うようになったのです。しかし人間の生活は経済活動の領域に限られるものではありません。個人の趣味的あるいは嗜好的な生活もあれば家族の生活もあるでしょう。皆で一緒に楽しんだり、祭りや祭司儀礼を執り行うという文化的な面もあります。また部族としての方針を定める政治的な活動もあるでしょう。こうした経済活動を含めた人間の生活の総体という側面から、狩猟採取社会において織り成される人間の関係世界を捉えた場合に、それは原始共同体ということになるのです。
(2)共生欲望の優位
原始共同体と協働共生体は、狩猟採取社会における人間の関係集団を、人間活動の総体という側面から見るか経済活動という側面から見るかの違いで、集団としては同じものです。ところでこの時代の人間にとって、最も重要なものとして意識されたのは次の2つです。1つは協働共生体という人間関係の経済的仕組みです。生存に不可欠な生活資材を、安定的にかつ個別でつくるよりも豊かに生み出すことが出来るからです。もう1つは自然の生態系循環です。それは生きるために必要な食料や資源を、根源的に提供し続けてくれるものだからです。協働共生体と原始共同体は集団としては同じものですから、結局この社会の人間は、原始共同体を最も大切なものとして意識し、共生欲望が自己欲望よりもはるかに強いものとなるのです。
共生欲望が自己欲望よりも強くなることについては、3つの理由があります。1つはこの段階では、自己欲望が未成熟だったからです。自己の利益や所有の拡大、存在価値の確認の欲望が強まるためには、個人が他者からの侵害や脅威にさら晒されて、自己の存在が不安に陥れられ、また実際に苦悩を体験する必要があります。それは農耕牧畜が始まって、人間が余剰生産物を手にするようになって後に初めて起こったことです。まだこの段階では、そうした状況が生じていません。2つ目の理由は、協働共生体と自然の生態系循環を守りつつも、人間がそれなりに満足して生きることのできる文化的枠組みを、この社会が見事に備えていたからでしょう。それ故にこの社会の形態が、200万年もの長きにわた亘って続くことが出来たものと思われます。
第3はこの社会が、人間同士と自然との関りにおいて、直接的な次元に留まっていたからでしょう。この後人間は、原始共同体(部族)間の交易や婚姻、そして戦い等を通じて、直接的な人間集団がいくつか集まって社会をつくるといったような、間接的な人間関係を発展させていきます。現在に至っては、無数の人間の依存と支援の関係は、もはや私たちの目に見えないものとなっています。そして私たちは、一人自助努力で生きるように社会に放り出されて暮らしているように感じ、共生関係を実感することが出来なくなっています。また都市的ライフスタイルに暮らす人々には、自然の生態系の恵みも実感することができません。それに対して、直接的に接することの出来る人間の範囲で協働共生体をつくり、自然とも直接関わって生きた狩猟採取社会の人々にとっては、他者や自然との共生の関係が実感をもって意識され、共同体も自分の存在と1つになって意識されたことでしょう。
4.原始共同体における生産力拡大の営み
(1)原始共同体の機能
それでは狩猟採取の原始共同体において、人間が安定的に、しかも少しでも充たされて生きていくために、私たちの先人たちはどのような取り組みを行い、また仕組みをつくり上げていったのでしょうか。1つは協働共生体を守り、さらに発展させるための取り組みが強く意識されたものと思われます。そしてまた自然の生態系循環を守り、さらに大きな恵みを得ていく取り組みも意識されたことでしょう。そのためには一方で共生の欲望を育み、恣意的な自己欲望を抑える仕組みが必要になってきます。さらに人間である以上当然抱くことになる、個人的な趣味や嗜好の欲望、性的なものを含めた快楽や享楽の欲望、休息やリフレッシュの欲求、そして自己価値を求める欲望等も充たして、不満を抑えつつ生の充足感も得られていくようにしていかなければならなかったでしょう。
こうしたニーズを充たす仕組みをいかに組み上げて、当時の人々が原始共同体という人間が共生し、より良く生きる関係性(社会)を築き上げていったのかを、以降に順を追って見ていきたいと思います。
(2)協働による産物の獲得
人間が動物の群れから飛躍するために最も重要な役割を演じたのは、共同で連携して狩りを行ったり、自然の産物を採取するようになったことです。なぜそうしたことが出来るようになったのでしょうか。それは第1に人間が、自己意識(他者と異なる自分)を発達させて、蓄積した自分の経験の記憶から生存にとって意味と価値あるものを取り出せるようになり、現前の事象から、空間的に連なる存在や時間的に前後する事象を、類推して想定することが出来るようになったからでしょう。そして第2に、自分の経験からの類推で、他者の感情や意図を推察することが出来るようになったからです。そして第3に、目先の自分の気ままな欲望を抑えて(禁止)、他者と協力(労働)すれば、はるかに大きな成果が得られることを想定できるようになったからでもあります。協働の始まりは、偶然の協力によって得られた大きな成果だったかもしれません。
こうして人間は、自分と他者が協力して役割を分担し、連携して作業を行うことで、より大きな産物の得られることを思い描けるようになり、それを各人の求めとすることが出来るようになっていったのです。そして意識を持つ動物の生の原理として、より有利に生きようとする求めが機能し、この協働の生産の仕組みをより効果の高いものとしていこうとしたのです。
(3)協働生産の発展
協働による生産の効果を高めていくための第1の取り組みが、コミュケーションの高度化です。連携して作業を行うために、お互い同士の位置関係や行動を指図し合わなければなりません。また獲物や果実や木の実などの情報を伝達し合うことも求められてきます。こうした必要から言語が発達することになったのでしょう。もちろん本格的な言語コミュニケーションの展開は、細かな発声機能を身体的に備えるようになった、現生人類であるホモ・サピエンス(ただしネアンデルタール人の発話機能は、十分なものではありませんでした)以降のことではあるのでしょうけど、それまでも様々な発声や歌(メロディー)などで、コミュニケーションの機能を高めていったものと思われます。
第2の取り組みは、道具の使用とその開発および改良です。コミュニケーションの必要が高まると、伝えようとする個々の具体的なモノや事象や関係性を概念化する必要も高まり、それらを記号によって象徴化して表現しようとします。こうして生きるために有用な知恵を、記号や言葉によって伝え、また保持し、さらに増やしていくことが出来るようなったのです。こうした知恵(ノウハウ)を生み出すプロセスが、また人々のノウハウを集約して継承することにも役立ち、道具を生み出していったものと思われます。狩猟や採取に役立つ石器のみならず、木のつる蔓や皮でつくったカゴや水を入れるひょうたん瓢箪どの運搬のための道具も、人間の連携作業による生産力を高めるために大きく役立ったものと思われます。
第3の取り組みは、分業の進展による生産力の拡大です。コミュニケーションの力が高まると、より細かな役割分担や高度な連携作業が行えるようになり、生産性は高まります。また意識的な嗜好や身体的な差異のある個々人が、それぞれ得意な作業を行うことにより、生産性をさらに高めることが出来るようになっていきます。こうして得られた高い生産力によって、共同体の全員が働かなくても生活していける状況が生まれ、呪術師(医者や薬剤師を兼ねる)などの非生産者の存在が可能となり、優れた技を持つ者への道具や装飾品の製作の集中なども生じていったことでしょう。そして協働労働(生産)を直接的には担わない、“子供”や“老人”の存在が可能となったのです。“子供”は大人同様の共同した生産労働に従事するまでに、長い期間をかけて養育されます。また“老人”は、労働の負荷を軽減されて、知恵やおきて掟の継承をつかさど司って共同体の保持を担うようになっていきます。このように乳幼児期を経た後も、協働作業や共同体の秩序が守れるようになるまで育成される“子供期間”と、直接的な生産活動からリタイアする“老人期間”を持つのは人間だけです。こうして分業を進展させることによって、人間は協働作業による生産性をより一層高め、また子供を育てるための協力と老人の役割によって、原始共同体の統合の質も高めていったのです。
(4)自然の恵みを得る知識
ところで生活に必要な食料や資材の調達などの生産能力を高めていくためには、協働生産の仕組みを向上させていくばかりでなく、自然の産物(恵み)そのものに対する知識を増やし、また自然と関わる技術も向上させていく必要があります。例えば第1に、獲物である動物や果実などが、いつ、どこで、どのようにすれば最も効率よく採取できるかについての知識が必要になってきます。そのためには、動物や植物の生態についての知識も必要となってきます。第2には危険を察知する知識も不可欠です。動物や植物の中には、危険な猛獣や毒を有するものも少なくありません。そうしたものを見分ける能力と接し方についての知識も必要となってくるのです。また気候や気象についての知識も、生活や生死を左右していきます。
第3には自然の生態循環を妨げないための知恵です。多くを採り過ぎたり、子を宿した雌など生態循環の支障となるような採取を行ってしまえば、以降の恵みを失ってしまうことになります。そして第4には、自然の生態系そのものを知り尽くして、生態循環から得られる恵みの量を増やしていく知恵と取り組みです。それは狩猟採取社会でも後期のことになるでしょうが、例えば縄文時代の人々は、生態系のシステム(エコシステム)を高度に活用した植生分布や動物分布の改良を施し、農耕牧畜経済への移行を不要とするほどまでに豊かな生産力を手にしていったのです。
こうした自然の生態循環の恵みを、尽きることなく手にしていくための知恵は、言語の発達につれて可能となっていったものと思われます。言葉は概念のシンボルであり、そのシンボルに先人たちの知恵を積み重ね、さらに新しい発見を増し加えて、他人にも後世にも伝えていくことも出来るからです。また共同体のメンバーの個性は様々で、中には人間関係への気遣いよりも、自然の変化への気づきや他の生物と交流する能力に長けた者も存在します。こうした者たちが、自然への知識を増す先兵になっていったものと思われます。(残念ながらこうした人々は、都市的ライフスタイルが中心となる現在では、発達障害や精神障害と分類されてしまっていることも多いようですが)。さらに古老たちが、自然との関わりの知識を受け継ぎ、蓄え、受け渡すための中心的な役割を果たしていったことでしょう。
5.協働生産を維持する仕組みについて
さて狩猟採取時代の原始共同体について、まず人々の関心の中心であった、食料や生活資材を安定的に生産しまた増やしていく仕組みとしての、協働生産と、生態循環から継続的に自然の恵みを得る仕組みについて、今回は見てきました。しかし生産を行っていくためには、それを維持して壊さないための仕組みも必要となってきます。それが生産物の分配の仕組みであり、消費に対する姿勢の問題です。さらにこの時代の経済活動を維持するために、共生の欲望を優位に保ち続け、自己欲望を抑制する仕組みも必要となってきます。なおかつ人間が自己意識を持つ以上、必然的に生じてくる個人的な充足感を求める欲望も、充たしていかなければなりません。そのために私たちの先人たちは、どのようなシステムを原始共同体に織り込んでいったのか。次回はそれについて見ていき、現代の私たちの暮らしの仕組みと比べて、学び取れるものを取り出していってみたいと思います。
なお、なお次回のパンセの集いの勉強会は、7月10日月曜日の18時から行います。場所は渋谷区本町の本町ホームシアターです。お時間許す方はご参加下さい。
P.S. 現在パンセ通信は、No.142まで校正・加筆したものをパンセ・ドゥ・高野山のホームページにアップしております。ご興味のある方は、以下のサイトをご覧下さい。
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