■2015.11.8パンセ通信No.57『世界再生への鍵 - 映画「恋の浮島」の神話構造』
皆 様 へ
今週のパンセ通信は、もう1度だけ10月にご逝去された映画プロデュ-サ-の相澤徹さんの仕事を振り返る回と致します。相澤さんの映画は、どれもいのちの価値を伝えることを主題に制作されており、混迷深まる現代にあって、次の時代を開いていくための指針が描きこまれています。徐々にその全容を整理しお伝え出来ればと思いますが、今回は、相澤さんが最後の力を振り絞ってその復刻に取り組まれた、1982年制作の幻の名画『恋の浮島』についてご紹介致します。この映画のDVD化の完成を見届けるかのように相澤さんは旅立って行かれました。そして30年前の映画であるにも関わらず、確かに現代の日本と世界に問いかける内容を含んだ作品です。少々長いのですが、作品紹介を下記致しますので、ご一読頂けますと幸いです。
皆 様 へ
今週のパンセ通信は、もう1度だけ10月にご逝去された映画プロデュ-サ-の相澤徹さんの仕事を振り返る回と致します。相澤さんの映画は、どれもいのちの価値を伝えることを主題に制作されており、混迷深まる現代にあって、次の時代を開いていくための指針が描きこまれています。徐々にその全容を整理しお伝え出来ればと思いますが、今回は、相澤さんが最後の力を振り絞ってその復刻に取り組まれた、1982年制作の幻の名画『恋の浮島』についてご紹介致します。この映画のDVD化の完成を見届けるかのように相澤さんは旅立って行かれました。そして30年前の映画であるにも関わらず、確かに現代の日本と世界に問いかける内容を含んだ作品です。少々長いのですが、作品紹介を下記致しますので、ご一読頂けますと幸いです。
ポルトガル植民地帝国の崩壊と経済大国日本の没落 - 栄光からの決別とその先にあるもの
- 名作の力、映画『恋の浮島』の現代への問いかけ -
あらゆる名作は、後の世になってその真価を現すか、あるいはいつの時代においても普遍的価値をもって、人にいのちのあり方を問い掛けてくるものです。このポルトガルの名匠パウロ・ロ-シャが監督してすでに30年余りを経た映画『恋の浮島』も、まぎれもなくそうした名作の1つでしょう。構想から15年もの歳月を経て1982年に完成し、カンヌ映画祭等で高い評価を受けました。そしてこの映画のためにパウロ・ロ-シャ監督は、日本語を学び、在日ポルトガル大使館の文化担当官ともなって日本に在住し、制作の準備にあたりました。さらに岩波ホ-ルの総支配人であった高野悦子さんを始め、日本・ポルトガルの多くの人々の協力によってつくられたのがこの作品です。こうした方々の執念にも似た尽力によってつくり上げられた作品ですが、一方ではこの作品そのものによって映像化された普遍的な価値が、こうした人々を魅了し、その情念を引き寄せて作品に結実させたとも言えるのかもしれません。
この映画のテ-マは、名作であるだけに重層的です。しかしまぎれもなく1974年のポルトガル民主化革命(カ-ネ-ション革命)とそれによる500年に及ぶ植民地主義政策とのようやくにしての決別が、その背景にあることは間違いのないことでしょう。第二次世界大戦を期に、各国が産業と経済を高度化させていく中にあって、最後まで過去の植民地帝国の栄光と植民地経営にしがみついてきたポルトガル。その矛盾と苦悩が深まる中で、ついにその過去の体制と決別せねばならない時がやってきます。しかし工業も農業も競争力に乏しいポルトガルが植民地依存経済を放棄するということは、1つの重荷からの解放であっても、新たな困難に踏み出すこと以外の何ものでもありません。それが70年代後半からこの映画の製作された80年代前半に至る頃のポルトガルの状況だったことでしょう。そしてこの閉塞した困難さは、この映画の完成から30年を経た現代の日本においても、強く共有されるところとなっているのです。
物語は日本と日本の女性を愛し、1929年に徳島でひとり世捨て人のように没したポルトガルの文豪、ヴェンセスラオ・デ・モラエスの後半生を素材に描かれます。しかしそれはけっしてモラエスの生涯を時系列に辿るようなものではなく、ただモラエスの生死の様からのエピソ-ドを断片的に紡ぎあわせて、この映画が暗示しようとする精神を詩的に直感させようとします。そしてそのために、現代の作品形式に慣れきった私たちには違和感ある大時代的な神話的叙事詩形式をあえて用い、また西欧的な価値観を脱して普遍的な観念へと誘い(いざない)出すために中国古代屈原の楚辞に則り作品を構成し、さらには儀礼様式が与える霊的直観をも用いて物語を語っていこうとするのです。
それでは、そのようにして語り出されるモラエスとはいったい何者で、またそのモラエスに託されて何が告げ知らされようとしているのでしょうか。この物語の冒頭、男女の降霊の秘儀に呼び出されて、世界と人間の運命を司るヴィ-ナスとヴァスコ・ダ・ガマの霊が登場します。そしてその神的領域の舞台となるのが、ガマに由来する展示品を飾るリスボンの軍事博物館であり、また現世での物語はガマに扮したモラエスの登場から始まります。さらにこの物語のタイトルである『恋の浮島』は、16世紀のポルトガルの国民的大詩人ルイス・デ・カモンイスがヴァスコ・ダ・ガマの壮挙を謳った叙事詩『ウス・ルジアダス』から採られたもので、女神がガマ一行に東洋発見の褒美として与える、宇宙の構造と愛と知恵の秘密を開示するニンフの島の名前に由来しています。加えて物語そのものも、屈原の楚辞とあわせてカモンイスの『ウス・ルジアダス』の詩句が散りばめられて展開していくのです。
こうしたことから、モラエスはヴァスコ・ダ・ガマの精神が再臨した人物として描かれていることは間違いのないことでしょう。御承知のとおりヴァスコ・ダ・ガマは、西欧の大航海時代の頂点を画した人物であり、ポルトガルの海洋・植民地帝国の富と栄光のシンボルとなった人物です。それ故にガマはまた、苦悩と閉塞の中世の門の閂(かんぬき)を打ち破って旅立った人物であり、自由と冒険と富と栄光の待ち受ける海洋の彼方へと人々を解き放った、偉大な精神の持ち主として人々にイメ-ジされるのです。その精神が今降臨し、今度はモラエスという人物に憑依し、再びこの世の生を演じていくことになります。
しかしそのモラエスは、ガマが拓きカモンイスが『ウス・ルジアダス』で讃美した海洋国家ポルトガルの栄光を再現する人物としてではなく、むしろその結果生まれた植民地帝国に対峙し、傷つき、懐疑し、その幻想を越えてさらに新たな魂の海洋の彼方へと旅立つ人物としてこの世の生涯を送っていきます。ガマとは異なる時代の求めが、異なる次元での解放を希求したからでしょうか。モラエスが生きたのは19世後半から20世紀の初頭で、ガマ以降400年の時を経ています。この間ガマの精神に導かれて、無数のポルトガルの若者たちが祖国を後にして世界の果てへと旅立って行ったのですが、そこに築き上げられた植民地帝国の支配と収奪の矛盾に挫折し、心も澱み、ポルトガルの社会の全体も停滞したものとなっていきます。それでも人々はなお植民地経済に依存し続け、その権益にしがみつこうとしていきます。そんなポルトガルの停滞と歪(いびつ)な社会の状況が、画家とその妻、そしてモラエスの妹との奇妙な共同生活に象徴されて描かれていきます。身障者として登場する画家は、ポルトガルの現状に苛立ち、リスボン大地震の再来による国家の崩壊をすら口にしつつも、結局は植民地からの上(あが)りによって賄われる社会に依存して、画伯としての高名と生業を維持しています。そしてその画家から脱することが出来ずにまとわりつくように暮らす画家の妻とモラエスの妹には、不倫と近親愛の退廃が影を落とします。過去の栄光から脱することが出来ず、衰退する現状に苛立ちつつも問題を先送りする人間の心性は強力で、モラエスの永遠の恋の対象で運命の導き手でもあるヴィ-ナスさえも、画家の妻イザベルとしてこの世の生活の中に封じ込めてしまうのです。
そしてこの閉塞と桎梏を打ち破るために、再び時代の解き放ちを求めて困難の中へと旅立ち挑む者こそが、ガマが降臨しモラエスとなって体現される精神なのかもしれません。物語は、このどこまでも変わることのないリスボンの画家のアトリエでの生活と、そこから決別し旅立ったモラエスの起伏に富んだ生涯との対比で描かれていきます。モラエスの魂は、未知なる充足を求めてガマが到達したインドのさらに先の東へと向かいます。そして最初に辿りついたのはマカオ。ポルトガルの植民地で東洋進出の拠点です。そこに居を定め、港湾副司令官として統治に携わり、広東の女性を妻に娶り、家庭を築いて二人の子供も儲けます。しかし植民地社会に根付いた退廃と支配の下で生きることに慣れた人々のしたたかさは、モラエスに安住を与えません。こうしてモラエスの求めは、その地にたたずみ阿片に救済を求めた詩人ペサ-ニャを残してさらに東の彼方へと向かい、ついにその最果ての地である日本へと辿りつくことになるのです。
そして日本での暮らしにおいて、モラエスとして生きるガマ以来の自由へと旅立ち求める精神は、ついに救済への道標を見出すこととなるのです。モラエスが目にした日本。それはガマが拓きカモンイスが賛美した地上の富と楽園支配の理想とは全く異質な、平敦盛と徳島の盆踊りに象徴される世界でした。悲しみと哀れみの深みから死者と生者が行き交い、魂の癒しと慰めが施され、世界の浄化と再生のなされる地であったのです。そして神戸総領事に就任していたモラエスは、もう一人のヴィ-ナスである芸者のおヨネと出会い結ばれることになります。世界を定め導く天界のヴィ-ナスと異なり、おヨネはすべての苦悩を受け止め、赦し、優しく包み込み、死してなお見守り癒す者として登場します。そして天界の不滅の女神とは対照的に、おヨネのいのちは脆くも死して没していきます。しかしその姪であるコハル、そしてまだ小娘である千代子へとおヨネのいのちの思いは受け継がれて保たれていくのです。モラエスは死に逝く者との別れの切なさに耐えつつも、慈愛に満ちた死者たちの思いに寄り添うために、すべての職を辞しておヨネとコハルの故郷である徳島に隠棲し、二人の墓を守ることに余生を捧げます。乞食のごとくみすぼらしい様相で墓地を徘徊するモラエスの姿には、かつて海洋の彼方へと力強く雄飛したヴァスコ・ダ・ガマの面影はありません。しかしまたその墓地の光景と魅入られた幽鬼のごときモラエスの姿は、なんと幻想的でこの世のものとも思われぬ美しさを醸し出していることでしょうか。ここにガマが開いた陽と動の世界とは異次元の、陰と静の世界がみごとに立ち現われてくるのです。そして哀れとも思えるモラエスの孤独な死によって、世界の救済が成し遂げられてゆくのです。
モラエスの死によってもたらされた波動は、遠く故国リスボンの地で安寧を貪る画家のアトリエをも震撼させて、長い停滞からの脱却を促していきます。画家の妻イザベルとモラエスの妹フランシスカが、自分たちの生きる寄る辺であるアトリエに火を放ち、ついに画家を業火の奈落へと突き落としてしまうのです。それはポルトガルの人々の、植民地の呪縛からの決別を暗示しているのでしょうか。
こうしてヴィ-ナスによって呼び出され、銀座のビルの屋上に集(つど)った天上の役者たちが、儀礼を執り行うことをもって始まったモラエスの物語は、この者たちが地上に降り立って浄霊の奉納劇を演じきることによって完結していきます。そして演者たちは再び天界のビルの屋上に戻り、自分たちの演技をとおして世界の浄化と再生に殉じていった一人一人の登場人物のために弔いの礼拝を奉げ、すべての儀式が終わっていきます。そしてこの秘儀によって、天上のヴィ-ナスは冥界のおヨネのいのちとの一体性を取り戻していくのです。
力と躍動の女神は、受容と癒しの半身を取り戻して、世界を再生する力を回復していきます。この映画に登場するヴィ-ナスは、ただモラエスに寄り添うだけの存在でしたが、今再び世界を導き救う存在となっていくのです。女神の持つ富と自由と支配と栄誉の側面にのみ執着したが故に、欲望を貪欲に堕して植民地主義と経済成長をもって女神の豊穣を食い尽くしてきた近代以降の私たち人間。その結果閉塞と停滞に陥ってしまった現代の私たち。その私たちが、今また“恋の浮島”へと至る道がこうして開かれたのです。
世界の再生劇としてのこの映画の側面は、上映された1982年、バブル経済前夜の日本においてはけっして理解の及ぶものではなかったでしょう。その後のバブル崩壊と20年以上に及ぶ沈滞を経て、なおも経済成長の幻影に惑わされ続ける現在に至って、ようやく私たちは、ポルトガルの人たちがこの映画に見た思いとパウロ・ロ-シャ監督が託した望みの一端を垣間見られるようになったのかもしれません。この映画の舞台となる明治末から大正・昭和にかけて日本は、深い慈しみと慰めの中で、モラエスの魂を通して世界の浄化と再生の地平を開く地として登場します。しかし残念ながらその役割を現在も担い続けているかというと、そうではないでしょう。この映画の中で1ヶ所だけ出てくる現代の東京のシ-ンでは、あれほどまでに情感細やかに世界の再生劇を演じた登場人物たちが、生まれ変わって世俗にまみれて生きる姿で登場します。それはもはやおヨネのいのちをすっかり失ってしまった日本を暗示するのかもしれません。しかもポルトガルと異なり日本は、いまだに過去の栄光との決別がなしえずに、富と繁栄の女神の側面にのみ焦がれてたゆたっているのです。しかしそれでも女神はもうすでに、傷つき悲しむ者への配慮と癒しの半身を取戻して、私たちに道を開いてくれました。あとは私たち自身が、女神に従って私たち自身の半身を取り戻して再生していけるように、魂の地平へと歩み始めるかどうかです。
こうして今、この映画の構成のみから聞き取れるものの一端を紹介してまいりましたが、個々のシ-ンの1つ1つも、ヨ-ロッパの伝統絵画の構図や日本画の情緒を写し取ったかのような深い象徴と隠喩に満ちた描写となっており、見る者一人一人のイマジネ-ションを際限なく喚起していきます。もしこの映画の下敷きとなるカモンイスや屈原への理解があるなら、この作品との相関から織りなされて生み出されてくるものは、さらに豊かな解釈の地平を押し広げていくことになるでしょう。
このようにこの映画が招き入れる豊穣な神話的空間は、観る者一人一人に、観る度ごとに、また時と場所を越えて詩的直観を与え、いのちの本質へと誘(いざな)っていきす。そしてこの普遍的価値が、パウロ・ロ-シャ監督や高野悦子さんたちスタッフを魅了してこの映画を作品に結実させたように、今また私どもにも呼びかけて、埋もれていたこの名画を復刻して世に送り出させたのです。この稀有な作品を、心も社会も混迷する現代の日本において、再度皆様にお届け出来ますことを心より喜び、光栄に思う次第でございます。
P.S.『恋の浮島』のDVDは、定価9,000円(税込価格9,720円)で販売しております。少々高い価格なのですが、169分に及ぶ内容は、何度見ても新しい発見をもたらします。ご関心のある方は、フィルムクレッセント白鳥までお問合せ下さい。
この映画のテ-マは、名作であるだけに重層的です。しかしまぎれもなく1974年のポルトガル民主化革命(カ-ネ-ション革命)とそれによる500年に及ぶ植民地主義政策とのようやくにしての決別が、その背景にあることは間違いのないことでしょう。第二次世界大戦を期に、各国が産業と経済を高度化させていく中にあって、最後まで過去の植民地帝国の栄光と植民地経営にしがみついてきたポルトガル。その矛盾と苦悩が深まる中で、ついにその過去の体制と決別せねばならない時がやってきます。しかし工業も農業も競争力に乏しいポルトガルが植民地依存経済を放棄するということは、1つの重荷からの解放であっても、新たな困難に踏み出すこと以外の何ものでもありません。それが70年代後半からこの映画の製作された80年代前半に至る頃のポルトガルの状況だったことでしょう。そしてこの閉塞した困難さは、この映画の完成から30年を経た現代の日本においても、強く共有されるところとなっているのです。
物語は日本と日本の女性を愛し、1929年に徳島でひとり世捨て人のように没したポルトガルの文豪、ヴェンセスラオ・デ・モラエスの後半生を素材に描かれます。しかしそれはけっしてモラエスの生涯を時系列に辿るようなものではなく、ただモラエスの生死の様からのエピソ-ドを断片的に紡ぎあわせて、この映画が暗示しようとする精神を詩的に直感させようとします。そしてそのために、現代の作品形式に慣れきった私たちには違和感ある大時代的な神話的叙事詩形式をあえて用い、また西欧的な価値観を脱して普遍的な観念へと誘い(いざない)出すために中国古代屈原の楚辞に則り作品を構成し、さらには儀礼様式が与える霊的直観をも用いて物語を語っていこうとするのです。
それでは、そのようにして語り出されるモラエスとはいったい何者で、またそのモラエスに託されて何が告げ知らされようとしているのでしょうか。この物語の冒頭、男女の降霊の秘儀に呼び出されて、世界と人間の運命を司るヴィ-ナスとヴァスコ・ダ・ガマの霊が登場します。そしてその神的領域の舞台となるのが、ガマに由来する展示品を飾るリスボンの軍事博物館であり、また現世での物語はガマに扮したモラエスの登場から始まります。さらにこの物語のタイトルである『恋の浮島』は、16世紀のポルトガルの国民的大詩人ルイス・デ・カモンイスがヴァスコ・ダ・ガマの壮挙を謳った叙事詩『ウス・ルジアダス』から採られたもので、女神がガマ一行に東洋発見の褒美として与える、宇宙の構造と愛と知恵の秘密を開示するニンフの島の名前に由来しています。加えて物語そのものも、屈原の楚辞とあわせてカモンイスの『ウス・ルジアダス』の詩句が散りばめられて展開していくのです。
こうしたことから、モラエスはヴァスコ・ダ・ガマの精神が再臨した人物として描かれていることは間違いのないことでしょう。御承知のとおりヴァスコ・ダ・ガマは、西欧の大航海時代の頂点を画した人物であり、ポルトガルの海洋・植民地帝国の富と栄光のシンボルとなった人物です。それ故にガマはまた、苦悩と閉塞の中世の門の閂(かんぬき)を打ち破って旅立った人物であり、自由と冒険と富と栄光の待ち受ける海洋の彼方へと人々を解き放った、偉大な精神の持ち主として人々にイメ-ジされるのです。その精神が今降臨し、今度はモラエスという人物に憑依し、再びこの世の生を演じていくことになります。
しかしそのモラエスは、ガマが拓きカモンイスが『ウス・ルジアダス』で讃美した海洋国家ポルトガルの栄光を再現する人物としてではなく、むしろその結果生まれた植民地帝国に対峙し、傷つき、懐疑し、その幻想を越えてさらに新たな魂の海洋の彼方へと旅立つ人物としてこの世の生涯を送っていきます。ガマとは異なる時代の求めが、異なる次元での解放を希求したからでしょうか。モラエスが生きたのは19世後半から20世紀の初頭で、ガマ以降400年の時を経ています。この間ガマの精神に導かれて、無数のポルトガルの若者たちが祖国を後にして世界の果てへと旅立って行ったのですが、そこに築き上げられた植民地帝国の支配と収奪の矛盾に挫折し、心も澱み、ポルトガルの社会の全体も停滞したものとなっていきます。それでも人々はなお植民地経済に依存し続け、その権益にしがみつこうとしていきます。そんなポルトガルの停滞と歪(いびつ)な社会の状況が、画家とその妻、そしてモラエスの妹との奇妙な共同生活に象徴されて描かれていきます。身障者として登場する画家は、ポルトガルの現状に苛立ち、リスボン大地震の再来による国家の崩壊をすら口にしつつも、結局は植民地からの上(あが)りによって賄われる社会に依存して、画伯としての高名と生業を維持しています。そしてその画家から脱することが出来ずにまとわりつくように暮らす画家の妻とモラエスの妹には、不倫と近親愛の退廃が影を落とします。過去の栄光から脱することが出来ず、衰退する現状に苛立ちつつも問題を先送りする人間の心性は強力で、モラエスの永遠の恋の対象で運命の導き手でもあるヴィ-ナスさえも、画家の妻イザベルとしてこの世の生活の中に封じ込めてしまうのです。
そしてこの閉塞と桎梏を打ち破るために、再び時代の解き放ちを求めて困難の中へと旅立ち挑む者こそが、ガマが降臨しモラエスとなって体現される精神なのかもしれません。物語は、このどこまでも変わることのないリスボンの画家のアトリエでの生活と、そこから決別し旅立ったモラエスの起伏に富んだ生涯との対比で描かれていきます。モラエスの魂は、未知なる充足を求めてガマが到達したインドのさらに先の東へと向かいます。そして最初に辿りついたのはマカオ。ポルトガルの植民地で東洋進出の拠点です。そこに居を定め、港湾副司令官として統治に携わり、広東の女性を妻に娶り、家庭を築いて二人の子供も儲けます。しかし植民地社会に根付いた退廃と支配の下で生きることに慣れた人々のしたたかさは、モラエスに安住を与えません。こうしてモラエスの求めは、その地にたたずみ阿片に救済を求めた詩人ペサ-ニャを残してさらに東の彼方へと向かい、ついにその最果ての地である日本へと辿りつくことになるのです。
そして日本での暮らしにおいて、モラエスとして生きるガマ以来の自由へと旅立ち求める精神は、ついに救済への道標を見出すこととなるのです。モラエスが目にした日本。それはガマが拓きカモンイスが賛美した地上の富と楽園支配の理想とは全く異質な、平敦盛と徳島の盆踊りに象徴される世界でした。悲しみと哀れみの深みから死者と生者が行き交い、魂の癒しと慰めが施され、世界の浄化と再生のなされる地であったのです。そして神戸総領事に就任していたモラエスは、もう一人のヴィ-ナスである芸者のおヨネと出会い結ばれることになります。世界を定め導く天界のヴィ-ナスと異なり、おヨネはすべての苦悩を受け止め、赦し、優しく包み込み、死してなお見守り癒す者として登場します。そして天界の不滅の女神とは対照的に、おヨネのいのちは脆くも死して没していきます。しかしその姪であるコハル、そしてまだ小娘である千代子へとおヨネのいのちの思いは受け継がれて保たれていくのです。モラエスは死に逝く者との別れの切なさに耐えつつも、慈愛に満ちた死者たちの思いに寄り添うために、すべての職を辞しておヨネとコハルの故郷である徳島に隠棲し、二人の墓を守ることに余生を捧げます。乞食のごとくみすぼらしい様相で墓地を徘徊するモラエスの姿には、かつて海洋の彼方へと力強く雄飛したヴァスコ・ダ・ガマの面影はありません。しかしまたその墓地の光景と魅入られた幽鬼のごときモラエスの姿は、なんと幻想的でこの世のものとも思われぬ美しさを醸し出していることでしょうか。ここにガマが開いた陽と動の世界とは異次元の、陰と静の世界がみごとに立ち現われてくるのです。そして哀れとも思えるモラエスの孤独な死によって、世界の救済が成し遂げられてゆくのです。
モラエスの死によってもたらされた波動は、遠く故国リスボンの地で安寧を貪る画家のアトリエをも震撼させて、長い停滞からの脱却を促していきます。画家の妻イザベルとモラエスの妹フランシスカが、自分たちの生きる寄る辺であるアトリエに火を放ち、ついに画家を業火の奈落へと突き落としてしまうのです。それはポルトガルの人々の、植民地の呪縛からの決別を暗示しているのでしょうか。
こうしてヴィ-ナスによって呼び出され、銀座のビルの屋上に集(つど)った天上の役者たちが、儀礼を執り行うことをもって始まったモラエスの物語は、この者たちが地上に降り立って浄霊の奉納劇を演じきることによって完結していきます。そして演者たちは再び天界のビルの屋上に戻り、自分たちの演技をとおして世界の浄化と再生に殉じていった一人一人の登場人物のために弔いの礼拝を奉げ、すべての儀式が終わっていきます。そしてこの秘儀によって、天上のヴィ-ナスは冥界のおヨネのいのちとの一体性を取り戻していくのです。
力と躍動の女神は、受容と癒しの半身を取り戻して、世界を再生する力を回復していきます。この映画に登場するヴィ-ナスは、ただモラエスに寄り添うだけの存在でしたが、今再び世界を導き救う存在となっていくのです。女神の持つ富と自由と支配と栄誉の側面にのみ執着したが故に、欲望を貪欲に堕して植民地主義と経済成長をもって女神の豊穣を食い尽くしてきた近代以降の私たち人間。その結果閉塞と停滞に陥ってしまった現代の私たち。その私たちが、今また“恋の浮島”へと至る道がこうして開かれたのです。
世界の再生劇としてのこの映画の側面は、上映された1982年、バブル経済前夜の日本においてはけっして理解の及ぶものではなかったでしょう。その後のバブル崩壊と20年以上に及ぶ沈滞を経て、なおも経済成長の幻影に惑わされ続ける現在に至って、ようやく私たちは、ポルトガルの人たちがこの映画に見た思いとパウロ・ロ-シャ監督が託した望みの一端を垣間見られるようになったのかもしれません。この映画の舞台となる明治末から大正・昭和にかけて日本は、深い慈しみと慰めの中で、モラエスの魂を通して世界の浄化と再生の地平を開く地として登場します。しかし残念ながらその役割を現在も担い続けているかというと、そうではないでしょう。この映画の中で1ヶ所だけ出てくる現代の東京のシ-ンでは、あれほどまでに情感細やかに世界の再生劇を演じた登場人物たちが、生まれ変わって世俗にまみれて生きる姿で登場します。それはもはやおヨネのいのちをすっかり失ってしまった日本を暗示するのかもしれません。しかもポルトガルと異なり日本は、いまだに過去の栄光との決別がなしえずに、富と繁栄の女神の側面にのみ焦がれてたゆたっているのです。しかしそれでも女神はもうすでに、傷つき悲しむ者への配慮と癒しの半身を取戻して、私たちに道を開いてくれました。あとは私たち自身が、女神に従って私たち自身の半身を取り戻して再生していけるように、魂の地平へと歩み始めるかどうかです。
こうして今、この映画の構成のみから聞き取れるものの一端を紹介してまいりましたが、個々のシ-ンの1つ1つも、ヨ-ロッパの伝統絵画の構図や日本画の情緒を写し取ったかのような深い象徴と隠喩に満ちた描写となっており、見る者一人一人のイマジネ-ションを際限なく喚起していきます。もしこの映画の下敷きとなるカモンイスや屈原への理解があるなら、この作品との相関から織りなされて生み出されてくるものは、さらに豊かな解釈の地平を押し広げていくことになるでしょう。
このようにこの映画が招き入れる豊穣な神話的空間は、観る者一人一人に、観る度ごとに、また時と場所を越えて詩的直観を与え、いのちの本質へと誘(いざな)っていきす。そしてこの普遍的価値が、パウロ・ロ-シャ監督や高野悦子さんたちスタッフを魅了してこの映画を作品に結実させたように、今また私どもにも呼びかけて、埋もれていたこの名画を復刻して世に送り出させたのです。この稀有な作品を、心も社会も混迷する現代の日本において、再度皆様にお届け出来ますことを心より喜び、光栄に思う次第でございます。
P.S.『恋の浮島』のDVDは、定価9,000円(税込価格9,720円)で販売しております。少々高い価格なのですが、169分に及ぶ内容は、何度見ても新しい発見をもたらします。ご関心のある方は、フィルムクレッセント白鳥までお問合せ下さい。